先日の綾瀬でのOB会稽古

 先日9月10日(土)は足立区綾瀬の東京武道館大阪市立大学合気道部OB会の関東地区の稽古だった。この稽古は合気道部のウェブサイトには掲示していなかった。掲示しても良かったのだが、稽古後の懇親会で合気道部の今後の方針などについて重要な情報共有があったので、稽古についての連絡をメールに絞っていた。

 

 普段は12代のN先輩と22代の私がわりとベテランであとは若い世代のOBが稽古や懇親会に来ることが多いのだが、今回は5代のH先輩が顔を出して下さった。おかげで情報共有の打ち合わせは想定どおりにできた。

 

 ところで東京武道館だが、今回で最後にしようか、という話しになった。五月に使った小平総合体育館の道場がなかなか良く、かつN先輩の地元なので使い易い。また東京武道館は予約がそれなりに大変であったりする。私などは綾瀬も小平も移動時間的には似たようなものだったりするので良いかとおもっている。

 

 東京武道館は東京都合気道連盟の演武会や稽古では使われるので私はまた来ることがあるだろう。この日は居合道の審査会とブラジリアン柔術の大会があって館内は国際色が豊かだった。

 

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サン工芸と大和螺子製作所

 荏原町から自転車で、あるいは時に歩きでバス通りを通って帰る途中に見上げると顔っぽくみえる建物があって、ちょっと『ど根性ガエル』の梅さんっぽいなぁといつも思って眺めていた。

 

 

月を見上げる顔

Yasuo Mukunokiさん(@mukunokiy)が投稿した写真 -

 

 この建物がいつの間にかなくなった。毎日のように通るのにうかつにも昨年中に壊されてしまったのか、今年2016年に入ってから更地になったのかしかと思い出せない。 写真は上記のネタのようなもののみで、もう Google Street View にも遺っていない。

 

 更地になる前にはバス通りに面して「サン工芸」と戸のガラスに印字した建物があった。またその左隣に鉄製の扉があり、奥に工場がある風だった。これは地図を確認すると大和螺子製作所、だったと思われる。その両方がなくなったらしい。

 

 サン工芸は広告出稿の会社だったような気がするのだがいまネット検索をかけてもほぼ情報がみつからない。大和螺子製作所は大阪府和泉市に本社をおく同名の会社があるが大田区に支社があるような企業にはお見受けしない。町工場の多い大田区にできたたまたま同じ名前の会社ではなかったか。

 

 馬込駅にほど近いとロケーションにしては結構な広さの土地だが、分断して小さな戸建住宅と、ちょっと大きな二階建てが建ちつつある。

 

馬込の失われた建物たちシリーズ

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 馬込の失われた建物たち地図

藤平師範のコーチング

 昨日9月10日(土)にNHK総合の番組に心身統一合気道会長の藤平信一とうへいしんいち師範が出演されると教えてもらっていたので自宅にて見ていた。視聴者からの相談にいろんな道のプロがアドバイスしてみましょうという番組。

 

www4.nhk.or.jp

 

www.nhk.or.jp

 

 全く分野の違う人たちに有効なコーチングをしてみせるというのはなかなかハードルが高い。藤平師範はロサンゼルス・ドジャースで指導されているそうだがどこの番組ではスポーツに関することですらない相談だったからなおさら難しいのではなかったろうか。「女性三人組の仲違い」とか職場であったら結構周りにとって対応の難しい、なんだったら腫れ物に触るような感じにならざると得ない状況となる。というかかなり昔にそういう状況に遭遇したことがあるな……。その時自分はまだ二十歳台でとても太刀打ちできなかった。

 

 心身統一合気道は名前が示す通り心と身体とが相互に影響しあっていて、それを統合することでよくするという思想がある※。その観点で相談者に実際に身体を動かしてみながらコーチングしていくという手法を取られていた。むしろ面目躍如だったのかもしれない。

 

 一部地域にて再放送が木曜日の午前11時05分からというから9月15日にも見れる方がおられるかもしれない。また NHK オンデマンドでも見ることはできる。

 

 

※多分合ってる……はず。

馬込の秋祭り 二〇一六

 馬込においては毎年9月10日辺りの週末は秋祭りで、今年はこの週末、9月10日(土)、11日(日)は各御宮さんではお祭りの予定となっている。昨年も書いたが、御祭礼の情報については「月刊おとなりさん」に一番情報が集まっているので皆さんお近くの文化センターなどに足を運んで手に取っていただきたい。

 

 それはそれとしてまちに貼り出されている情報をご紹介しておく。

 

 馬込八幡様、湯殿神社様はこちら。湯殿神社では隣にある湯殿公園で子供の相撲大会も行われる。我が家も子供達が幼かった頃連れて行ったことがある。

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 北野神社はこちら。下の方に子供神輿のルートをマップに描いた2008年のエントリーへのリンクを貼ってあるので参考まで。

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 北野神社の子供神輿が途中で立ち寄る、平張町会の集会所のご案内。かき氷や西瓜、お菓子が今年も子供達に振舞われる。

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翌2017年の秋祭り

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過去の秋祭り

2015年

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2014年

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2012年

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2009年

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2008年

北野神社の子供神輿の巡行ルート地図あり

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2007年

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2006年

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南馬込文化センターの工事

 八月の中二週は大田区合気道会の稽古は夏休みだった。最初の週と最後の週は稽古をしたが場所は普段の南馬込文化センターではなく大森第三中学校の二階ホールを借りて畳を敷いての稽古だった。南馬込文化センターも体育館に畳を敷いて稽古するわけだがその体育館の照明をLEDに替える工事で八月いっぱい使われるのだということだった。

 

 南馬込文化センターの照明というと……こんな感じだ。

 

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 お盆時期をはさむから時間が必要なのかもしれないが工事に一ヶ月もかかるのか……とおもったが家庭用とは違って大型でもあろうし、故障するまでは交換不要なものだから屋根も含めての工事になるからかもしれない。普段気にしたことはあまりないが地震などに遭ったとしたら落下して来ないかが唯一気になるところだからそこが今回の対応で考慮されていると良いのだが。

 

 実は先週末は一ヶ月ぶりに南馬込文化センターで稽古だったのだが私は大田区区民スポーツ大会の開会式に大田区総合体育館に行っており現物を見ることができていない。まぁいってもライトのメーカーがどうだとか屋根まで改修が入っているかだとか、判別する眼力は持っていないから何も分からなさそうではある。大田区総合体育館は2012年竣工だからもうライトはLEDになっているのだろうかとか思いながら開会式中天井を眺めていた。

 

大森ダイシン百貨店の終焉

 大森界隈に限り結構話題となったのが大森駅から線路沿いに少し蒲田よりに行ったところにあるダイシン百貨店がドンキホーテに買収されMEGAドンキホーテに変わってしまったことだった。

 

 ダイシン百貨店は蝿取り紙だのポマードだの昭和生まれには懐かしいが今時売っていないような商品も置いている、また付近のお年寄りのために送迎のマイクロバスを走らせるなど特徴のある百貨店だった。かつては久が原にも店舗があったそうだが我が家が馬込にきた2005年にはすでに大森の店舗だけになっていた。

 

 このあたりに住んでいると自営業の方も多く、内装や外装をされる会社であったり、仕入れ業者さんであったりという方達にはドンキホーテによる買収がニュースとして流れる前に情報が入っていたらしい。「ダイシンの名前を残すという話しもあったみたいだけど結局ダメだったらしいね」などという話しもニュースが出たあとに聞いたりした。

 

 私としてはこれが残念かというと、そうでもない。ダイシン百貨店というみせの質というか、店員の質というか、そういうものにはちょっと疑問を感じているところがあった。実際ここで書けないような話しも聞いたことがあるので。

 

ダイシン百貨店における些細なトラブルにみるヒヤリ・ハット対策について - 椋箚記

 

 また妻の評価では「ダイシンの青果はいまいち」ということであったりもしてなおさら行くことが稀だった。かつて「蒲田麦酒」という商品については限られた売り場として言及したことがあったけれども。

 

蒲田麦酒についての非公式ポータル - 椋箚記

 

 そのためMEGAドンキとしてオープンしたあとも前も通らないでいた。付近の小・中学生の間では「こんなちかくにメガドンキできた!」ということで多少浮ついた雰囲気になっていたりするようなのだが、それならなおさらうちの子供達を行かせたくないとおもうのが親心である。しかし次男が買い物に行きたいというので、私がついて行ってきた。

 

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 外観はそんなに変わらない。ちなみにこの外観は数年前に改装したものでその前はもっと古びた感じだった。折角大幅に改装したのに売り上げには結びつかなかったか。ちなみに角度が違うがダイシン百貨店時代改装直後はこんな感じ。

 

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 次男の用事はいわゆるドンキホーテな売り場にあったのだがこれは二階にある。そもそも広い売り場だったのだがみごとにドンキホーテ圧縮陳列の売り場に変貌していた。売り場平方メートル単位の売り上げを比較したらかなりあがっていたのではないだろうか。

 

 一方で一階は以前とおおきくは変わらない食品売り場。次男の買い物が済んだあとにざっと見て回ったのだが、どこにでも置いているわけではない尾花沢食品のにらタレが変わらず置いてあったのでダイシン百貨店の仕入れが継続して使われているっぽい。

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  新聞記事を検索しなおしてみたら東京新聞の記事に「パートを含む従業員の雇用は継続される」と書いてあった。

 

パートを含む従業員二百三十人は再生後も、そのまま残る。でも「店内配置など、詳細は未定」(ドンキ広報室)だ。塩沢(副店長)さんは「ダイシンの看板がなくなるのは寂しいけど、強い地元意識の『ダイシン・イズム』は残したい」と話した。

東京新聞:「買い物弱者」を支え半世紀 大森・ダイシン百貨店が8日閉店:社会(TOKYO Web)

 

 それだけだと「青果がいまいち」という評価のままか……と我が家ではなるのだが、その後妻が買い物に行った時には「精肉が結構安い」とまとめ買いして帰ってきた。売り場のPOPをみるとバイヤーさんの名前を全面に押し出していたり、ちょっとやり方を改善されているのかもしれない。まぁ変にダイシン百貨店の従業員の方があぶれて付近の他の企業で雇用を考えないといけなくて……などとならなくてよかったかとひねくれた見方をしていたりしている。

 

 なお三階はニトリが入ってもう営業している。その上は名物だったレストランはもうなく、8月末にガストが、そのあとに夢庵がオープンするらしい。もしかしたら夕食で妻に楽をしてほしいような時に使うことがあるかもしれない。そういえば駐車場は有料だったかどうか、まだ確認していない。

 

駐車場について

9月からタイムズが入って料金がかかるようになった。下記を参照のこと。

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さようなら羽曳野古市道場

 数日前に大阪市立大学合気道部の現役生からメールで師範道場である天之武産塾合気道道場から「市大のウェブサイトから道場の Facebook のページにリンクを設定してほしい」とご依頼をもらったとの話をもらって即日対応した。

 

リンク集 | 大阪市立大学合気道部

 

 天之武産塾合気道道場は以前からウェブサイトを運営していて、一時期停止していた時期があるが復活して今に至っている。ブログも復活後あるのをみていたがよりポストしやすい Facebook に移したのだろう。この点大阪市立大学でも現役生は Facebook で普段ポストし同じ内容を Twitter に連携している。私がOB会事務局メンバーである、という体でそのあたりのポストやメールでもらった情報を Tumblr で運用しているウェブサイトに反映して情報をアーカイブする運用にしている。

 

 その天之武産塾合気道道場の Facebook ページを早速みさせていただいた。ウェブサイトには載っていないような情報があるわけだが一番最近のポストをみてある種の感慨を抱かざるを得なかった。

 

 

  そうか古市道場を閉められたのか。羽曳野の誉田八幡宮の境内のそばにある、自分が二十代の頃毎週土曜日の稽古に通っていた道場だ。阿部醒石先生がほぼ毎週来られるので通っていた。私が大学合気道部に在籍していた前半には阿部先生が道場で出てこられることが珍しかった時期があって、その後積極的に指導に出ていただけるようになってからもその時期の餓えを満たそうとするかのように阿部醒石先生の稽古には出ていた。

 

 古市道場は子供の稽古もあって、主に大阪府立大学合気道部が運営を担ってくれていた。ただひとの都合がつかないときなどは他の大学合気道部が担当することもあって、何回かは行っている。今思えばその程度しかお手伝いしなかったのは申し訳なかったとおもう。羽曳野というとなかなか遠く、道場として運営していくのがいよいよ負担となったのかもしれない。またこの道場は阿部先生のご親族の方の敷地内の蔵を改装して道場としたものだったがそちらの御宅のご都合があるのかもしれない。

 

 古市というと思い出すのが古市道場に稽古にこられる方に川崎さんという方がおられた。過去にも何度か書かせていただいたことがあるが川崎和哉さん、だったろうか。道場の後ろに名札が提げてあったはずだが……自分が古市道場の担当のとき、一度川崎さん以外誰もこなかったことがあって二人で稽古して帰ったこととか、川崎さんが近鉄古市駅まで送って下さったことがあったとか、そんなささやかなことが思い出される。川崎さんはある日道場で倒れて病院に運ばれたがそのまま亡くなられた。 

 

  あの頃の写真が一枚残っていた。PICT形式で見ることしかできない感じなので画面キャプチャーを jpeg で保存しなおしてみた。大阪市立大学合気道部揃って行ったときの写真のようで、後輩が何人も写っている。1997年の3月か4月に撮ったものだ。もうここで稽古することはないのか。なんというか、関わっていたひとも含めての場としての古市道場に御礼とお別れを。

 

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