抑え技の受けの足の形・再

 以前に抑えられた時の、足をどう置くかということについて本部道場ではちゃんと決めているという話しを書いたことがあった。爪先を下、踵が上を向くように足を立てる形を指導されているという話を受けて足を立てるのが良いか寝かせるのが良いか、考えて書いたものだった。

 

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  その後足を立てる受け身を試してみていたのだが、五月の末の稽古の最中に(これは今後は寝かせる形で稽古しよう)と密かに決めた。

 

 理由は単純で、右足の親指の古傷にどうしても負担となるから。

 

 これもまた以前に書いたことだが大学生の頃から親指の付け根あたりを痛めては治り、痛めてはおさまりを繰り返している。最近も稽古で痛めては帰って冷やす……ということを繰り返していた。痛みが出た時に一教から四教を稽古してみると、足を立てる形の受け身は自然と足の指で畳を捉えておこうとしてしまうのでより痛みがひどくなってしまう。

 

 そういえば齋藤守弘師範は翁先生の技をそのまま稽古する、ということについて矜持を持たれていた方だったので座法の稽古をするとき「本来は膝を動かすのだが、私は膝を痛めて思うように動かないため上半身だけで稽古する。どうかご容赦いただきたい」ということを必ず言われていたのを思い出す。齋藤先生の膝と自分の足を同列に扱うには稽古が足りなさ過ぎるけれどもなんとなくこの受け身の形については許してもらえそうな気がしている。

 

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荏原町のトルコレストラン DEDE

 以前北馬込にケバブサンドを出すお店があった。バス通り沿いに「ドアル」というトルコの商品を扱う小さい店があったのだがその向かいのさわやか信用金庫の支店の横をちょっと入ったところ。妻が一度行ったことがあって、どちらもトルコのものだからドアルと関係があるのか聞いたら「友達です」という答えだったらしい。店の雰囲気がそんなに明るくなかったのでその後は行かなかった。

 

 それが昨年日光陶器さんが店を閉められたあとに店ができているなーと思っていたらケバブ屋さんが移ってくることとなった。デデ、というのがお店の名前。

 

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  ケバブサンドが売りなのは変わらないが、お弁当もあったり、店内で食べられるようになっていたりしているらしい。商店街のなかということもあって今度は店も明るい感じになっている。荏原町で食事をしていくということがあまりないので前を通るばかりだったが連休の最中に一日自由時間をもらった際の昼食をデデでケバブサンドとビール、と決めてみた。

 

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 ケバブは牛肉と鶏肉があるのだが牛肉をいただいた。EFES はメニューには「エフエス」と書いてあったが私は「エフェス」と読むものと思っていた。冒頭に出てきたドアルでも買ったことがある、トルコではメジャーなビールらしい。割りと飲みやすい。結構なボリュームがあるので自分みたいな不器用な人間は店内でいただいておいた方がよいのだろうが、天気が良いならテイクアウトでも良いかもしれない。酒のこむろか伊豆屋酒店さんでビールを買って立会川緑道のベンチで……とか。立会川は暗渠で下を流れていて、場合によっては匂いを感じるのが食事の場所にそぐわないところなのだけれど。

 

 食後にはチャイがついた。小さいガラスカップにいっぱいに入っていて、カップが暑くて持てなくて、最初は下のお皿ごと持ち上げて飲んだがお作法が正しかったかどうかは分からない。美味しくいただけたので自分としてはまぁ、良い連休の一日だった。

 

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  冒頭で書いた北馬込の「ドアル」という店の方のことだが、つい先日閉めてしまった。楽天のネット通販サービスは変わらずやっているしアマゾンにも出されているので商売は続けるが実店舗は閉めるという判断となったのだろうか。隣はかつて三河屋米菓店という煎餅やさんだったがこちらも2014年に罷めてしまわれリフォーム業者さんが入っておられたのだがドアルも同じリフォーム会社の事務所となった。

 

 かつてはドアルでチーズを良く買っていた。塩気の強い、ちょっと火を通して食べるとおつまみに良いチーズと、割けるチーズとがあり、割けるのは国産の大手メーカーの商品より美味しく子供達も好んで食べていた。それが2014年後半から円安が進んでしまい足が遠のいてしまって今に至っていたので、店がなくなっても何も言えない。楽天の会社概要に掲載されている住所は同じ北馬込でもちょっと離れた、夫婦坂の場所になっているが特に店は見当たらないので事務所か倉庫なのかもしれない。

 

トルコ食品輸入販売 有限会社セルチェ会社概要

 

 

デデの場所にあった日光陶器さん閉店時のお話しはこちら 

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 ドアルの隣にあった北馬込の河内屋米菓さん閉店時のお話しはこちら

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小平市民総合体育館の道場

 5月7日に大阪市立大学合気道部OB会の関東での稽古会をやってきた。普段公式に案内を掲示したりするのだが今回はできていない。連休中で参加者が少ないだろうと思われるので迷っている間に時間が経ってしまった。そもそも自分も参加できるかと思っていたがうまい具合に時間が取れたので参加してきた。

 

 関東OB研鑽会はこれまで足立区綾瀬の東京武道館で行ってきたのだが、今回初めて小平市民総合体育館で行った。先輩が近くに住んでおられることから調べていただき、団体登録が通って初めて道場が予約できたのだ。

 

 最初に稽古ができそうな場所を調べた時にもわかっていたことなのだが、都内23区や各市の施設で立派な道場を備えている体育館などの施設は結構ある。ただ住人が団体登録をして予約しないといけないという制限がどこにもある。しかも地元の道場が曜日を決めて使用されていたりするので競争があったりする。それでも今後は東京武道館だけでなく小平市民総合体育館も、予約が取れれば使えることとなった。

 

 ここの道場も設備は良い。畳が常設の道場があり割と柔らかめの畳だ。

 

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 小平市総合体育館は西武国分寺線鷹の台駅のすぐそばにある。国分寺駅まで中央線で行って乗り換える。一橋大学の小平国際キャンパスに行くときとは反対、東村山方面行きに乗っていく。

 

 西東京の武蔵野の、わりと郊外の駅だぐらいに思って鷹の台駅におりた。実際わりと緑が多い環境に駅はあるのだが、どうも駅が華やかだ。駅の建物が、ではなくて雰囲気。若い女の子がやたらと多く駅にいる。津田塾大学小平キャンパスの最寄駅だ、ということを初めて知った。

 

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 駅を出て右に行くと、線路をはさんで改札と反対側に抜ける地下道があってそれを通って小平中央公園へ。グラウンドの向こうに総合体育館がある。

 

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 11時20分から二時間ほど稽古した。第四体育室が畳を常設した、最初の写真の体育館になる。爽やかな気候で動くと暑いぐらいだったが三基の扇風機が備え付けられていてそれで十分な感じだった。真夏だとさすがに暑いだろうが、窓を開けるとちょうどよい感じだった。

 

 なお利用状況をみると前後も2時間づつ、予約されていた。我々の前が鷹の台合気道同友会、あとが楽心館という道場。この楽心館、私としては大東流合気柔術道場でらっしゃると思うのだが、また稿を分けて別に書くか考えることにする。

 

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 お昼過ぎに稽古を終えて、あとは先輩のお宅にお邪魔させていただきお昼をご馳走になってしまった。

 

 体育館は我々以外にも剣道や弓道らしき方々もおられた。体育室だけで五室、他に弓道場も備えている。下の写真のようなレーニングルームも開放されていたし、写真の左、玄関入って左にはチャイルド・ルームもあった。

 

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伊達たばこ店

 馬込南台の荏原町方面行きの方のバス停は交番のすぐ隣にある。その斜向かいに伊達たばこ店があった。2005年に我が家が馬込にやってきた時点ですでに「たばこ店」ではなく、テントの「たばこ店」の文字を塗りつぶしてあった。角地の狭い場所に建っているしもた屋に過ぎなかった。

 

 

  改めて写真を探してみたがほぼ残っていなくて一枚だけちょっと映っているものがあった。馬込南台の、大森駅方面行きのバス停の方から撮った写真で、右奥の方、背中が映っている方の向こうに見える黄色いテントが伊達たばこ店。左奥の赤いランプが交番で、その向こうがよしかねという非チェーンコンビニのいわゆるコミュニティストア。

 

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 昨年2015年の11月後半に突然取り壊されてしまった。以前からお住まいではなく固定資産税の法改正の影響が大きかったのかもしれない。バス通りのこの馬込南台バス停辺りは商店街の名残があって上の写真にうつっているよしかね以外にも店が比較的集まっている。やっちゃん豆腐こと谷澤豆腐店や青果の神田屋は萬福寺の側に居をかまえていた室生犀星の日記にその名前が出てくる。馬込整体センターは商売替えの前は文具店だった。セブンイレブンよろずやというのが元の屋号の店。ブルーパロットというレストラン、福好精肉店、鮮魚の魚孝。インド・ネパール料理のアンナプルナは我が家が馬込に来た時にはまだ蕎麦屋の松登久だったと記憶している。先日書いたパティスリー稲垣もこの並びだ。

 

 大田区郷土資料館にはバス通りにかつてどんな店が出ていたのかを記録した地図がある。それを見ると馬込南台バス停付近に限らず、もっと店は多かったことが分かる。その時代に店を出していた記憶があれば持ち主としては手放し難かったのかもしれない。

 

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 12月に入った頃には更地になってしまっていた。半年近く経ってまだ更地のままだ。何を建てるにしても狭い土地で、かつ人通りもそんなに多くはない住宅街のなかという立地になってしまっているので買い手はなかなかつかないかもしれない。大田区が買い取ったとして、これぐらいの狭い公園もたまに目にするのだがどうだろうか。

 

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馬込の失われた建物たちシリーズ

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馬込の失われた建物たち地図

 

笑うこと

 テレビ番組で陸上競技の指導者である金哲彦さんを取り上げていて「笑顔で走るようにアドバイスしたら実際に結果が良くなる」という話しをやっていた。精神論のはなしではなくて、実際に子供達に笑いながら走ってもらうと全般的にタイムが良くなる傾向にある、というのを実験していた。

 

 それをきいて佐々木ささき将人まさんど師範のことを思い出した。

 

 私が大学生であったころ和歌山大学合気道部や大阪女子大学合気道部が佐々木将人師範門下だった。大阪女子大合気道部(現在の大阪府立大学女子合気道部)とは合同稽古をしていたりしたが※、和歌山大学と母校大阪市立大学とは合気道部としてはあまり交流はなかった。ただ一度、春合宿が同じ宿になったことがあった。場所は串本町だっただろうか。

 

 お互いの稽古をみるということはほぼなかった記憶があるのだが合宿の最終日において隣の道場で稽古……となって、和歌山大学の稽古の最後の礼の際に主将の方が「笑え!」というと部員全員が高らかに笑って稽古を終えるというのを横目でみていた。その時に別段驚かなかったのは佐々木師範がそのように稽古の最後に皆で笑うように言われるという話しだけは耳にしたことがあったらしい。

 

合気会本部道場で長らく指導師範を務め、土曜日の一般クラスを担当した。重厚かつ冴えのある技術と分かりやすい解説、また同時に軽妙洒脱なユーモアと苦労人としての人生経験に裏打ちされた独自の精神講話で人気を集めた。武道の稽古でありながら佐々木の担当クラスでは常に笑顔と笑い声が絶えず、時には一時間の稽古時間全てを講話で終わることもあった。稽古の締めは佐々木が「明るくなければ合気じゃない。笑え!」と唱え稽古者全員で「わははははは」と大笑するのが決まりだった。2004年(平成16年)に勇退

佐々木の将人 - Wikipedia より 出典:季刊『合気道探求』第39号 出版芸術社、2010年、ISBN 4882933861、60頁 

 

  佐々木師範はお会いしたことがあるかどうかはっきり覚えていない。大学合気道部の稽古にも指導に来られるようなことがあったはずで、きちんと見取りさせていただいたことはないにせよすれ違うようなことはあったかもしれない。

 

  笑うことでストレスを低減するし免疫力も上がる、などという研究結果が数値をもって語られるようになる前から、「笑顔でいるのが良いよ」「それが型であっても笑顔になると良いことがあるよ」と佐々木師範は実践してみせたと言える。先見の明をお持ちでおられたのだ。陸上競技の例をみると、笑うことは稽古の内容にも良い影響を及ぼし得るのかもしれない。

 

  先に書かせていただいた藤平光一とうへいこういち師範も佐々木将人師範も中村天風さんの門下でいらした方なのだが、同じ合気道を稽古されても技や稽古のありかたに違いが出るのが面白い。なお正しくは佐々木の将人師範、が正しいようなのだが昔お呼びしていたようにあえて書かせていただいた。そのようにお名前をされていたことも、2013年に逝去されていたことも知らずにいた。

 

 

※大阪女子大との合同稽古については、私より数年先輩だった方々によるわりと健康的な下心により開催に漕ぎつけたように聞いている。現在はやっていないだろうか。

 

大森コスタータのチャーシュー丼

 妻がいつも行っている美容室でお薦めの店を教えてもらったという。うまい店というのは自分で見つけるのも楽しいものだけれど、その土地で働いているひとが教えてくれる情報には間違いがないだろうから耳寄りな情報。その店は焼豚丼を出す店で、美容師さんは週に数回は行ってしまうという。何しろ一杯500円で、うまい、とのこと。

 

 店の名前はちゃんと覚えていなかったが焼豚丼と聞いて私もピンときた。

「ダイシン百貨店の近くじゃない?」

「そう、そんなこと言ってた」

池上通り沿いに立て看板が出てるのみたことがあるわ。ダイシン百貨店の横に出来たマンションから入る路地のとこだったとおもう」

 

 その後しばらくした今月初旬の週末に、夕食のもう一品にと試しにテイクアウトで買って帰ったのだが美容師さんの言われるのは誇張ではなくかなりうまかった。焼豚が柔らかく、かけだれの味も良い。

 

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  私がみた立て看板は下の写真。前述のようにダイシン百貨店の隣にできたマンションの前からJRの線路の方に入っていく細い道があるのだがそこに立ててあるのですぐ分かる。

 

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  以前見かけた時は新しく店ができたのかな、ぐらいでスルーしていたのだが路地に入ってみるとあとは迷いようがないことにすぐ気がついた。建物に「チャーシュー丼500円」と大書してある。うまいぐあい隣の土地が空いていたものだ。

 

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 COSTATA というバーなのだがテイクアウトは横に開いてる窓から聞いてくれる。ご店主だろうか、若い男性でやんちゃした経歴がありそうだけれど客あしらいはきちんとしていてそこは大森に店を持つだけのひとなんだろうななどとおもいつつ店の前でできるのを待っていた。

 

 写真のメニューをみると分かるけどチャーシュー丼だけではなくてそぼろ丼もある。もつ煮込み丼もある。台湾まぜめしなる魅力的な品もある。他のメニューも食べてみたいし、子供達もチャーシュー丼をうまいうまいと食べていたので多分また買いにいくことがあるだろう。それだけでなく大森でもう一軒寄って帰ろうかという時に常連でもなんでもなくても勢いで行ってみてしまうことがあるかもしれない。このあたりは池上通り沿いの柳本商店街の方々が活動されてJR線路沿いにある入新井第一児童公園を綺麗にしたり表の空き店舗を無料休憩所にしたり、さらにそこでイベントを打ったりして活気が出ているから※、こういう個性的な店ができたりもするのではないかなと勝手に思ったりしている。

 

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※詳細をクリップし忘れてしまっているがテレビでも地域活性化の一例として取材されているのをみたことがある。福祉の観点からかかれた下記記事もあるので参照

大田区「みま〜もステーション」誕生ものがたり - さわ|けあZine by けあとも

『無意識の整え方』

 電子雑誌『トルタル』でお世話になっている古田靖さんが合気道関係の取材をしているというのを Facebook でお見かけして「合気道についての補足情報とかでしたらお任せ下さい!」的な適当なことをコメントしたりしていたのだが、その後お会いした時に「心身統一合気道の道主藤平信一とうへいしんいちさんへのインタビューだったんですよ」と教えていただいた。

 

 私は大阪市立大学合気道部で稽古を始めた。大阪市立大学合気道部はもともと故阿部醒石先生を師範に仰いでおり、現在はご子息阿部豊雲先生門下だが、私よりも遡ること十年ちょっと前にいろいろな師範の門を叩いたうえで藤平光一とうへいこういち師範を良しとする先輩がおられた。合気会から分かれて心身統一合気道を創始された方で現道主藤平信一師範の父君だ。藤平光一師範の技や理論は植芝盛平翁先生の技からみると独自の発展をみたものであり本部道場とも違うし我々市大合気道部の阿部醒石師範とも異なる。だが市大合気道には上記先輩の影響から心身統一合気道の理論が一時期色濃く入ることとなった。

 

 私が大阪市立大学に入学した1987年頃には藤平光一師範の技についての情報は断片的になってしまっていて、その論理を正確に説明し実際に技に現せる部員はいなくなっていた。あくまでも阿部醒石門下として運営するようになっており心身統一合気道との接触が絶えてしまっていたからだ。これは単に政治的判断とかだけではなく藤平光一師範がどういう人柄だったか、ということにも起因するのではないかと私は推測している。「藤平光一」と「背広盗難」あたりのキーワードの組み合わせでネット検索すると「合気ニュース」の No.60 に掲載されているという西尾昭二師範のインタビュー記事からの引用が読めたりするのだがこの辺りから垣間見える人柄だ。実際私も公に書くのはよろしくないだろうと判断せざるを得ないような話しを先輩から伺ったこともある。

 

 そんな経緯もあって私は藤平光一師範にお会いしたことはない。全て合気道部の先輩から伺った話、あるいは本で読んだエピソード、映像情報からの情報に接してきたに過ぎないのだが端的に言えば私は藤平光一師範については「天才」で「カリスマ」であったと認識している。技のうまさだけでなくその技の理合を言葉で表現する論理性。武道の団体にとどまらない、中村天風さんの影響を受けての宗教法人的な側面も持っていた財団法人氣の研究会の立ち上げ。

 

 そのあとを嗣がれた藤平信一師範についてはこの本を読むまで全く存じ上げなかったのだがお父様とは全然違った印象を持った。どちらかというと穏やかで周囲とのバランスを取ろうとする方のようにお見受けした。財団法人氣の研究会は足利銀行の経営破綻のあおりを受けて2013年に事業停止となり、新たに一般社団法人心身統一合気道会が出来て現在に至るのだがこの経緯も先代とは違う道主の有り様に関係しているのかもしれない。

 

『無意識の整え方』という本だが前野隆司さんによる四名の方と対談集。前野さんは慶応義塾大学大学院のロボット工学の研究者だが、この本ではロボットに付与する人工知能の研究のなかで出てきたとおぼしい「受動意識仮説」をテーマに据えて対談が行われている。

 

 我々は従来ルネ・デカルトが『方法序説』で提示した「我思う、故に我あり」以来自らの意識が主体的に自らの行動を決めていると理解している。前野隆司さんの「受動意識仮説」というのは従来の考えに対し「実は無意識が先に働きかけていて、それを意識が受け取って行動を決めているのではないか」と仮説しているのだと私は理解している。もしそうならばどんなに「意識」ががんばっていても「潜在意識」が荒れている状態では良い決定は下せない。だから無意識を整える手段を我々は学ばなければならないのではないか……という問いかけがこの対談集の根幹にはある。

 

  その対談の相手のひとりに藤平信一師範が選ばれたというのはなかなか興味深い。心身統一合気道荒川博コーチを介して王貞治さんに影響を与えたというのは知られた話しだけれど藤平信一師範もメジャーリーグの球団に指導者メンターとして関わられているという。心身統一合気道の「心が身体を動かす」という主題が合気道以外の分野にも興味を持たれているところから来ているのだろうし今回の対談が生まれた契機にもきっと影響を与えているのだろう。

 

 つい先日も書いたことだが、自分は合気道が他のスポーツの参考になったり逆があったりということについてはあまり過大評価したくない考えの持ち主ではある。ただ異なる価値観が交わってより強靭な思想を生んだり思わぬものを生み出したりすることは活発であった方がいいとも思っている。そういう観点でみて面白い対談集で、この本自体が異なる価値観の交わる場を生み得るのではないだろうか。