椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

近藤三城先生のこと

 年賀状の宛名書きをざっと終えた。ちょっと遅くなったが喪中のご案内がまだぽつぽつ届いているので結果としてちょうど良いのかもしれない。ご両親がなくなったというような知らせを普通に受け取る歳になったのに改めて気がつくのだが今年は自分がお世話になった方の訃報を喪中の挨拶はがきでもって知った。近藤三城さんといって、人前での話し方を教えさせたら超一流、という講師の方だった。

 

  喪中はがきの出し主は奥様で、故人の意思により香典・供花等はご辞退申し上げると書かれてあった。よってここに書くだけでご迷惑なのかもしれない。ただ自分は先生にお世話になったことはきちんと遺しておきたいのでお赦し願いたい。どうか間違ってもこれを読んだ方がお香典をお持ちになるとかは無いようにと願う。

 

 自分は勤務先でも大勢のひとの前で話すような機会がたまにあるのだがそういうことが出来るのを仕事上の武器にできているのは近藤先生に教わったことが土台の一部になっていて一方的に恩師だと思っている。最初は大阪で近藤先生が開かれている「自己紹介」をテーマにした話し方についてのセミナーに参加して知り合った。

 

 その後近藤先生が立ち上げた「大阪源氣会」という連続セミナーがあってそれにもほぼ毎回参加して会後の懇親会は私が幹事をやっていた。「むくのきさんはお酒が好きだし楽しい酒だから、酒席を武器にしたら良いとおもうよ」という近藤先生の配慮で役割をもらっていたのだった。「大阪源氣会」は様々なひとを講師に迎えていて、例えばそこで商品開発について神様みたいなひとである伊吹卓先生を知った。またコンサルタントでセラピストでもある鹿毛俊孝先生もそうだった。サンコーインダストリーという螺子の総合商社の相談役であったか、小澤豊彦さんという方を講師にお招きした時には後日会社を見学させていただく機会を作ってもらうという貴重な体験もあった。

 

 その後私は東京に移ったのだが先生はなぜか私を気にかけて下さっていて東京で講習会を開かれた時には声をかけて下さった。講習会後の懇親会の幹事はやはり自分が買って出た。またお仕事で東京に来られた際に時間がないけどちょっとだけ話しませんか、と連絡をもらい東京駅のホームで缶ビールで乾杯しながら話しをしたのが2007年6月のこと。それから8年、年賀状のやりとり以外はなくなっていて先生もお忙しくて自分など気に留められないでいらっしゃるだろうと思っていた。

 

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 ネットであれこれ検索してみても近藤先生の訃報についての情報はなく先生が運営されていた研究所のサイトも通常通りに公開されているだけだ。先生のブログは昨年までは更新されていたと思しく正直亡くなられたなんていうのは間違いでこんなことを書いて怒られるのではないか、むしろ先生はお元気で叱られてほっとできた方が良いのだけれど、という気持ちがまだどこかにある。

 

 そういえば前述の東京での講習会後の懇親会の場だったろうか、テレビで見た北欧の国がとても気に入ったという話しをされていて、それがノルウェーだったかスウェーデンだったかフィンランドだったかまでは思い出せないのだが「私ここに住みます。住みたい、とかじゃないくて直感的にここに行くんだ、と思ったんです」と言われていたのがなぜか思い出される。先生、結局北欧への移住は叶わなかったということだろうか。

 

 自分はあと何をしたら近藤先生に受けた恩をお返しできるのかなぁ、と喪中はがきが届いた日から考えている。

 

部下をイキイキ動かす管理者のコミュニケーション術Q&A

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