道主の声

 5月26日の土曜日に九段下は日本武道館で開催された全日本合気道演武大会、第50回大会に参加してきた。

 今年は子供達が参加しなかったので、自分だけ大田区合気道会に帯同して参加、最後の演武まで客席から見させて頂くことが出来た。

 演武会の途中にお手洗いに行った時の事。

 座っていた場所から一番近いのが師範演武者の控え室のそばにあるお手洗いだったのだが遠慮せずにお借りしていたところ、植芝守央道主と丁度同じタイミングでお手洗いに入る事になったことがあった。

 変な話しで恐縮だが、道主と反対側の男性用トイレで用を足している私の背後で丁度隣り合わせになったらしいお知り合いと道主の遣り取りが聞こえた。

「いやこれはこれは。本日は誠に盛況で」

 というお知り合いの言葉に

「はい! 良かったです!」

 と道主が答えられていた、その声が印象的だった。

 ぴったり来る喩えがなかなか思いつかないのだが、歌舞伎役者のようなはきはきした口調と、子供のような邪気のない言い方の両方を持った声で、普段大勢の前で挨拶される時とは違った声だとおもった。

 ちなみに「盛況で」というのは追従でも何でもなく、第50回という節目の大会であったせいもあってか、開場時の列がいつになく長く人がいつもより目に見えて多い演武大会だった。

 当然道主としても成功させなければならない大会であり、まだ途中ではありながら順調に進行できていたことが本当に嬉しく、わくわくするような気持ちでおられたのだろうとおもう。

 さて、大詰めの師範演武から道主の演武までみさせて頂いて、遠藤征四郎師範や菅沼正人師範の演武はやはり優れたものだった。小林保雄師範は息子さんとお孫さんが受けを取られての演武だったが、この第50回大会をもって全日本演武大会での師範演武は引退をされるとの意向がアナウンスで伝えられた。ちなみにこのアナウンスは大田区合気道会の尾崎晌師範が担当されたのだが、当日アナウンスを分担したプロのアナウンサーさんよりも尾崎師範のアナウンスはよく小林師範の業績をこころを以て伝えていて、自然と拍手が大きくなった。

 そして植芝守央道主の演武については当日全ての演武のなかで一番「きちんと」していた。

 道主は徒手の演武だけでなく太刀取りと杖取りもされたが、当日の太刀取りと杖取りにおいては道主以外で見るべき演武は師範演武でも無かったように私は感じた。道主であるのだから当然と言えば当然なのだが、恐らく岩間の齊藤守弘師範、齊藤仁弘師範門下の方々の演武と見比べても遜色ない武器取りの演武というのはこの日道主以外には無かったのではないか。

 勿論自分にも跳ね返ってくる話として言うだが、合気会所属道場に限らず養神館や万生館、岩間神信合氣修練会や昭道館で稽古する人のなかにあっても見るべき技が出せるような稽古が普段から出来ているのか、つきつけられているように感じた。結局そういう危機感を最も感じて稽古して来られたのが道主であり、その果実を私は見たのかもしれない。

 もう10年くらい前にまだ吹田の天之武産塾道場で稽古していた時、植芝守央道主が来阪される時は阿部醒石師範には必ず会っていかれるような話を聞いたことがある。また、阿部師範もお元気で本部道場に赴かれることが時々あったが、これも道主に会いに行かれていたのかな、と今にして思う。道主はそうやって人に会いに行かれつつ稽古されていたのではないのだろうか。

Demonstration by Doshu