須佐図書館内「椋文庫」

 私の実家のある須佐というまちに図書館があるが、これがちょっと変わっている。IDカードがあれば24時間利用できるのである。

 この図書館のある場所は、私が子供のころ、私の本籍地だった。昔々、毛利家家老益田氏の家来(つまり陪臣)だった椋家があったのである。私の生まれたころには家は近くに移っており、その土地は半分が法務局、半分がうちの畑になっていた。

 図書館を作る際、うちの畑も潰してつかって頂いたわけだが、その際に土地を売却して得たお金を「図書館のために使って下さい」と旧須佐町に寄付するかたちをとっていた。

 その後祖父はアルツハイマー症が進行してしまい、そういった細かいことに意を使わなくなったが、代わりに判断するところの祖母としては「図書館内に、そういう寄付行為があったことが分かるような書棚を設けられないか、ということを考えていたが、この希望は長く放置されていた。客観的にみるとどうも、寄付先を旧「須佐町」にしていたのがよろしくなかったかと思われる。寄付の意味合いがぼやけてしまったうえに、ごく一部のひとしかその寄付行為を知らず、責任者(その当時の首長ということになるのだろうか)が優先順位を下げればなにも起きなかったわけである。優先順位を下げるのもいかがなものかとは、思うが。

 さて、祖母が何度か見当違いの方向ながら、希望を述べていたところ、どうしたものかこの寄付行為が明るみに出ることになったらしく、希望がかなってしまった。ねくじで「抱っこ〜」という子供二人をかかえながら、その棚を見に行った。

 資料の棚が「椋文庫」と名づけられている。当初からの祖母の要望が完璧にかなえられており、誠に結構である。

 しかも、棚のうえに説明文まで設置頂いている。

 ただし、結構でないことがあり、上記対応だけでなく、改めて感謝状かなにかお出し頂くような話が出ているらしいことが、どうも祖母の話や家内の実家からの話で分かってきた。上記対応だけで結構でございます、としておけば綺麗な話で済んだところ「感謝状をお出ししましょうか」と言われて「頂けるなら」と答えてしまったらしい。やれやれ。

 さらに結構でないことに、当日子供たちが図書館内に用意されている木製のパズルを崩してしまい、それを元にもどせない私がパニックとなり、静かであるべき図書館内が大変やかましいことになってしまった。自分に対しても、やれやれ……

 この日は子供たちを海に連れて行ってちゃぷちゃぷ浸からせてやろうかとおもっていたが、図書館から帰ったら相次いで寝てしまい、しかも3時間も寝続けたため昼寝番で夜が来てしまった。