馬込の映画館
池上通り近くの、カヤノという床屋さんでいつものように散髪してもらいに行ってきた。
隣で刈ってもらっていた先客のおやじさんの話しを聞くとも無く聞いていたのだが、ジェーソンという近所にあるディスカウント・ストアの話になった。カヤノもジェーソンも同じ通りに面していて、私が最近よく遊んでいる foursquare という、訪問した場所を共有できるサービスに登録していたりする。
ジェーソンが入る以前、ここは桜並木通りにある地場のスーパーマーケット「キタムラ」の店舗が入っていた、というのは私も聞いて知っていた。桜並木通りと違い駐車場が確保できない立地なのでキタムラは撤退したのかな、と想像している。その後ジェーソンが入ったのだが、以前カヤノで散髪してもらっている時に奥さんと「あそこはずっと営業しててほしいとおもうんだけど、続いてるわね」という話になったことがあった。一部の日配品(豆腐とか)も含めておいているが、ディスカウント・ストアの名に恥じず安く仕入れたものだけ置いてます、という品揃え。何でも置いているという訳ではないのだが、家内は時々子供のものなど掘り出し物を見つけてくる。
ここからが私も知らなかったのだが、子供の頃から大田区中央のこの近所に住んでおられるらしいそのお客さんによると、キタムラの前にはコープの店舗が入っていたこともあったらしい。カヤノの奥さんもキタムラまでは知っているが、コープが入っていた頃はまだ開店前らしくご存知ないようだった。
更に言われるのが「その前は映画館だったんだから」と。これは以外だった。
「馬込文学マラソン」というサイトで読ませてもらって以前書いたことがあるのだが、この大森界隈、というか馬込界隈だと馬込銀座にも映画館があったということである。馬込銀座は昭和三十年代頃はとても栄えた商店街とのことで、「夕方の買い物の時間は他人と肩がぶつからずに歩くことができないくらいだった」……とはその時期に馬込にお住まいだったという吉松ひろむさんからネット上のやりとりで伺ったことがある。映画館についても吉松さんにお伺いしてみれば良かった……というのは、ご逝去の後に思ったことのひとつである。
昭和三十年代の大森山王や馬込は既にいわゆる「文士村」の時代のあとかもしれないが、ちょっと銀座に近い雰囲気をまだ残していたのかな、と想像する。
また、現在のように娯楽が多様に渡っておらず、テレビもまだ普及しておらず、映画に需要が集中していた時期だろうからなるほど映画館も一館では済まなかったのかとおもう。戻れる訳ではないし、いいことばかりではなかったのだけど、大森にとっていい時代だったのだろうな。
ちょうど、我々夫婦の郷里である山口の須佐というまちで、少し前まで「マイフレック」というスーパーがJR須佐駅の近くにあって、今は閉店してしまったはずだが、そこは以前映画館だったという話を家内から聞いたところだったので興味深く感じた。須佐で育った岳母はそこで毎週のように、かなりの数の映画を見たのだそうである。