九十九里紀行(後編)

 旅行の二日目、早々にホテルをチェックアウトして銚子港の、いかにも港の水揚げ場の前に魚を食べさせる店が集まってます、という場所に行って朝から定食を食べさせる店で朝食を食べた。ちなみに前の日の晩御飯も──明るいうちに食べたのだったが──この並びの店で食べた。

君ヶ浜

 そのあと、銚子の駅からほど近い、線路沿いすぐにある妙福寺を訪れた。藤棚が見事だと聞き、道すがらも山に自生する藤が綺麗に咲いているのが見えていたのでこれは、と思ったのだが、思ったほどではない。実は樹勢が衰えて樹医が見ているところだと掲示されている。居合わせた年配の男性が「どうしたのかねぇ、いつもは下に着く位咲くんだがねぇ」と身振りを交えて教えて下さった。この旅は思うように花に巡り合わぬようになっているらしく、銚子市内を離れて犬吠埼に向かって車を走らせた。

 子供たちが知っている海というのは、実家のある山口、あるいは隣の島根の日本海で、一度太平洋というのを見せておきたいものだと思っていた。海だからどこでも一緒だろうという言い方も出来るだろうが、はるか向こうまで陸地がない海というものを体感させて見たいという一方的な親心。

 灯台が見えてきたあたり、砂浜が広がっているところに駐車場があるのを見つけて車をとめた。君ヶ浜しおさい公園、という浜だった。

 子供たちを海辺に連れて行こうとしたことは何度かあった。昨年の夏は雨続きで海に行くことが出来なかったが、それ以前に持石海岸(須佐から益田に入るところにある海岸)などに行こうとしたことがあったが、幼過ぎたのか嫌だと泣き出したこともあった。しまね海洋館(浜田市)前の砂浜では海を遠めに眺めるだけだった。

 このたびは広い砂浜に足を踏み入れると、ふたりとも波打ち際に迷わす進んでいった。ズボンの裾を捲り上げて、ぎりぎりのところまで行って浪から逃げてまわる。

 家内が「着替えは持ってきてある」という。見ている間に家内の諦観は現実化し、子供たちは海水まみれの砂まみれになった。灯台には彼らを祝福するかのように鯉幟が揚がっていた。

心太

 子供たちの着替えはあったのだが、季節外れなのでシャワーが見つけられない。近くのホテルなどで入浴だけなど出来ないものか尋ねてまわったが掃除の時間であったり、値段が高かったりする。結局イオンショッピングセンターまで言って、安売りのミネラルウォーターをペットボトルで買ってきて、それで手足を洗うこととなった。こういうクリエイティブに物事を解決している場にあたって私は誠に役に立たず、家内が専ら片付けていくもので誠に申し訳がない。

 さて、この巨大なショッピングセンターだけでなく、道路沿いのスーパーマーケットに休憩を兼ねてちょくちょく車をとめた。おどや(南房総地域のスーパーマーケット)、ミヤスズ(東総地区)、カスミ(筑波本社で関東地区に店舗あり)など。

 スーパーマーケットの売り場など全国どこでも同じようなものと思ってしまうが、よく見ると特色のある品物が並んでいる。最初に気がついたのが、必ず心太が複数種類並んでいること。

 後で調べると、特に千葉で心太が好まれるという情報は得られなかった。ただ、心太メーカーは千葉にあるようでそれが理由かもしれない。それだけの理由で日配品のショーケースに並ぶとも思われないから買う方も多いのだろうが、都内より品揃えが充実しているように見えたのは興味深かった。

 あと、鰯の胡麻漬けと卯の花漬け。魚のコーナーは当然のことながら充実して見え、特に初鰹の時期だからか鰹が刺身ブロックで売られているのが目を惹いた。鰹といえばたたきというイメージで、あれは寄生虫に対処すべく火にあてるのだと聞いている。ただ、鰹の身に多いテンタクラリア、あるいはカツオ糸状虫といった寄生虫は人には寄生せず害も与えないらしい。アニサキスが名前をよく聞くだけあって一番注意が必要なようだが、主に内臓につくもの。房総では自分で調理できる方も多いだろうし、対処して美味しく頂かれているのだろう。で、胡麻漬けの話。

 たいがいパック品が胡麻漬けと卯の花漬けと並んで置かれている。九十九里での料理法であるようだが、たまたま寄った海産物の専門店のようなところでは見つけられなかったので結局スーパーで胡麻漬けを買って帰った。

 胡麻漬けも卯の花漬けも酢を使ってあり、骨も柔らかくなって丸ごと食べられるようになっているものだった。家内は魚でこの手の酢で締めたものはあまり好きでなく、専ら私が朝食や晩酌に食べた(写真左下のがそれ)。保存食であるからネット通販でも簡単に手に入るようだが、房総で食すのが一番美味しいのではないか、という気がした。

サーファーの文化

 前日に通った九十九里ビーチラインに戻ってきた。

 九十九里有料道路が通っている区間はそちらを使ったが、この九十九里ビーチラインを自動車で走っているとロードサイドにはサーファー向けの店が立ち並んでいて、房総に在ってもまた違う雰囲気がある。走っている車も東京、神奈川のナンバー・プレートが見られたから、湘南側から波を追ってこちらの浜に来る人もおられるのかもしれない。そういえば昨年覚醒剤不法所持で逮捕された芸能人の別荘があったのが千葉だと言っていたのを家内と話しながら思い出す。

 前日と同じ場所に戻ってきた理由はふたつ。

 ひとつは、サーファー向けの店で子供らの水着など見てみたいと家内のリクエストがあったため。

 もうひとつは、昼食に行きたい店があったため。「スーパーkichenかさや」というレストランで、前日も立ち寄った店だった。

 前日立ち寄ったというのはとんだ勘違いからで、看板を見てスーパーマーケットがあるものと思い込み車をとめたところレストランだった。それでも家内がのぞいてみると、持ち帰りでチーズケーキやお菓子なんかも売っている。チーズケーキは1個100円で、車内で食べてみると手頃な値段ながら美味しい。頬張りながら家内の報告を聞くと、店内は満席で、食べている料理を見ると量がおおくおいしそうに見えた、とのこと。ただ食事のタイミングではなかったので、チーズケーキを追加で買って銚子へ向かっていた。旅行中専ら魚を食事に選んでいたので、急にこの店の定食メニューが食べたくなったのだ。

 かくして再訪し、がっつりとした量の定食を昼食に頂いた。家内が豚生姜焼きとチキンカツのセット、私がハンバーグのセット。子供らと分けて丁度良いくらいの量(写真のご飯の盛り方からボリュームを感じて頂けるかとおもう)。店内は周りも満席で、家族連れ、友達連れ、カップルが後から後からやって来る。ロードサイドはサーファー向けの店が多いので、食べるんだったらここ、という人が多いのだろうが、この店を目指して車を走らせる人もいるのではないかとおもわれた。

 私はサーフィンなりウェイクボードなりというスポーツを全くやったことがなく、その文化みたいなものは遠巻きに見ている程度のものなのだが、九十九里ビーチライン沿いにはその文化で出来ているのだということは実感した。

 サザンオールスターズの曲(歌詞)などの影響で私などはサーフィンというと湘南海岸を安直に想起するし、実際湘南はサーフィンが鍍金でなく文化として根付いているまちだとおもっているのだが、実際サーファーは全国各地におそらく居り、日本海側でも私の実家のある須佐から萩の間の海岸でもウェットスーツはよく見かける。

 格好だけでなく(格好だけも文化の一部だろうが)浜に出て波に乗りに行くことが、その準備もあとの楽しみも含めて九十九里では生活の一部になっているというのが、このレストランの雰囲気から感じられた。

 食後にまたチーズケーキを買って、店をあとにした。他の店にも家内の気になった店に寄っていったが、たまたま思うような品にめぐり合わず、胃袋だけを満たしてビーチラインを走っていった。このあと勝浦や鴨川方面が渋滞しているのを見て、茂原の方に迂回した。この旅で初めて海岸を離れて房総の内部を走って旅の終わりへと向かっていった。