椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

萩明倫館の孔子廟

 4月30日に曽祖母椋ヨシの五十年祭、祖母椋栄子の十年祭、母椋恵美子の同じく十年祭を行うため帰郷してきた。 前日に新幹線で東京からかつての小郡、今の新山口駅まで移動して萩までは防長バス。萩から実家の須佐までは四駅だが山陰本線は今や二時間に一本というのが当たり前なので父親に車で迎えに来てもらった。そして5月1日には同じルートで東京に戻ったのだがバスは防長バスでなく新たに開通した中国ジェイアールバスを使った。

 

 防長バスの方は途中で停車しつつ、萩に入っても田町商店街の近くにある萩バスセンター、JR東萩駅、萩国際ホテルの順に停車していくのだが、新たに開通した方は明倫学舎から新山口駅直通で早い上に五百円ほど安い。

 

 そもそも明倫小学校からバスというのが不思議だったが、久しぶりにいってみると新しい校舎がつくられたうえで敷地の一部がそれなりの広さの駐車場とバス発着所になっていた。

 

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  写真奥が新校舎で手前が駐車場。旧校舎はというと上の写真の右方ににある。今回すぐバスに乗ったので見に行くことはできなかったが、父親に教えてもらったところによると改修工事のうえ歴史資料の資料館となっているとのことだった。それだけではなく旅行者が最初に訪れる観光センターとしての機能も持たせてある。

 

 この近くには萩博物館が2004年に出来ている。萩のまちの景観を損ねることなく建てられた綺麗な建物で、「まちじゅう博物館」というコンセプトの核にもなっている。萩というのは江戸末期に若者達が沸騰するような勢いで世の中を変えようとしたその場面の坩堝のひとつであったまちであるので萩博物館は自然科学だけでなく人文科学も対象として研究展示する役割を担うのにうってつけの機関となっている。今回明倫学舎が近くにできたことで、「まちじゅう博物館」として統合されたなかで自然科学の展示は萩博物館、人文科学の展示は明倫学舎、というように運営していくと面白いのではないだろうか。

 

mukunokiyasuo.hatenablog.com

 

 ここまでは良いのだがひとつ気になる話しがある。どうも萩でもあまり話題にのぼっていないのではないだろうかと心配になった。かつて藩校としての明倫館にあった孔子廟のことである。

 

 孔子廟孔子や四配など儒教上の賢人を祀った霊廟のことである。東京に住んでいると神田明神の向かいにある湯島聖堂を思い出す。現在東洋哲学、中国哲学の一部として儒教が研究されることがあっても宗教的に扱われることはほとんどないと言って良い。従って孔子廟といったものも神社仏閣と比べるとあまり身近な建物と感じない。現存するものでも、例えば湯島聖堂孔子廟関東大震災の際に焼失しており現在のものは再建された建築物である。江戸期からの孔子廟が残っているのはおそらく栃木の足利学校岡山県備前市閑谷学校佐賀県多久聖廟ぐらいではないかとおもわれる。ところが明倫館にあった孔子廟も萩に残っているのだ。といっても現在の明倫学舎にではなく、移築され少し北のほうに行った海潮寺というお寺の本堂になっている。

 

 明倫学舎は本館の一号館と二号館が整備が終わって公開されており、三号館と四号館は現在も工事が進行中となっている。これに加えて海潮寺から本堂の建物を買い取って明倫学舎に移築し戻そうという計画を萩市が進めている。気になるのはこの孔子廟の移築の計画のことだ。建物の購入、移築費用、更には海潮寺の新しい本堂の建築費用を考えなければならず総額九億円にものぼる出費となる。国から助成が得られるなどあるのかもしれないが観光以外でそんなに有力な産業を持たない萩市にとってさすがに大き過ぎる計画ではないだろうか。

 

 この件についてネット検索してもあまり情報が出てこない。もしかしたら山口新聞だのはぎ時事新聞などの地方新聞が取り上げていて市民は知っているのかもしれないが、実はあまり課題が共有されないままことが進んでいるのではないかと心配になる。実際に萩市孔子廟の移築プロジェクトの予算も計上して始めようとしているが、市議会の議事録を漁っていたところ昨年12月16日分では共産党所属の市議会議員2名が反対意見の質問をあげているがあとの議員からはあがっていない。共産党ということで当然野党的に反対意見を述べるのが普通であるようにとられているのかもしれないが、こと孔子廟の移築についてはもう少し議論あったうえでプロジェクトを開始するべきではないだろうか。

 

 あまりに観光産業に偏向する行政施策であるならばそもそも明倫学舎の整備も無駄になる恐れがある。豊かな近世歴史資源をもとに学芸員がきちんと研究活動ができることも志向しているならば未来はある気がするが地方大学の文系研究科においては職業訓練的な内容に特化すべきという提言を真顔で文部科学省の有識者会議が議論する(リンク先はPDF)という教育行政が我々の目の前にあることを考えると孔子廟の移築は同じ価値観で進めようとされているのを感じて衰退しか感じ得ない。むしろ日本語や哲学といった文系的素養が都市・地方に関係なく必要であるという反証こそ求められるものなのだが。

 

◆22番(宮内欣二君) 議案第108号一般会計補正予算(第4号)に、反対の立場で討論します。
 この議案は11億2,677万2,000円 を追加し、322億7,592万4,000円とするものであります。
 職員の人件費に係るもの1億1,845万円や、財政調整基金積立金1億5,827万7,000円、臨時福祉給付金2億1,263万6,000円、ゆとりパーク田万川整備事業1億7,225万5,000円、学校施設予防保全事業2億5,644万5,000円、そのほか災害復旧費などがある予算案です。
 多くの事業は、必要とされるものであるということは、十分に承知しております。しかし、一部に認められないものがありまして、反対をするものであります。
 その一番大きなものは、旧萩藩校明倫館復元整備事業であります。今回、1,283万1,000円が計上され、明倫館の孔子廟移転に向けた補償算定業務、解体移築工事設計業務を進めようというものであります。
 現在は、海潮寺の本堂になっている孔子廟を、明倫館跡地に移築するという事業の具体化であります。総事業費は9億円が見込まれています。  既に明倫学舎として、旧明倫小学校の校舎の整備活用事業が進められています。本館整備に5億9,000万円、2号館整備には8億円、今後、三、四号棟で9億円、これに孔子廟の移転に9億円と、32億円近い巨費が投じられようとしているわけです。ここに一極集中して、今何十億円も投資することに、多くの市民が疑問を持っています。
 市民の状況を見ると、今回の補正予算に計上された臨時福祉給付金の対象が、1万3,300人にのぼっていることを見れば、よくわかります。市民税の非課税の人が、全人口の27%にもなり、全国水準の2倍から3倍に近い状況です。高齢化が進み、年金が削減され、介護保険国保などの社会保障の負担がふえています。賃金は相変わらず低水準でありますし、農林水産業では、いつやめても不思議はないというぐらいに、所得は上がっていません。市民の暮らしが大変なときに、ここに一極集中して、何十億円もの巨費を投じた大事業を展開することは、市民の理解を得るのは難しいのではないでしょうか。
 文化財の保存・保全を否定するわけでありません。当然進めていくべきことだと思います。しかし萩地域では、合併以前から、まちじゅう博物館構想と言って、文化財などがまちの中に、あちこちにたくさんあるということから、これを生かした取り組みが進められてまいりました。合併しても、旧町村部のお宝にも、その考えは広げています。その考えは、一つのところに集めるのではなく、まちの中の至るところにあるものを、その地の人々が大事に守り、生かしていこうという取り組みだと私は思っておりました。

 今回、進められようとしている孔子廟についても、海潮寺の本堂として、明治初期からずっと守り続けてこられています。孔子廟だった建物がなくなる危険があるわけではありません。立派に保存され続けています。
 このお寺に先祖のお墓がある人が言っていました。「本堂が明倫館の孔子廟だということは、私の誇りであり、売り渡すことは反対だ。そのままにしておいてほしい。」このように述べておられました。これは印象的でした。
 まちじゅう博物館構想の考えでいけば、孔子廟が海潮寺にあることが、まちじゅう博物館としての面白味を出しているのではないでしょうか。明倫学舎が萩を学ぶ起点施設として整備されるように、そこからまちの中をめぐって行くための大事な資産だと思います。この孔子廟を、移転、復元することが、逆にまちじゅう博物館構想の面白さを低下させるのではないかと危惧しています。

 移転しても、その孔子廟がなくなるわけではなく、朽ち果ててしまうわけでもありません。そこに、立派に存在しているわけですから、わざわざ大金をかけて移築する必要はないと思います。
 もう一つ懸念があります。復元移転というわけですから、復元となれば、元の位置に、元にあったように建てなければなりません。そうなると、旧明倫小学校の校舎と重なってしまうのではないか。
 確かに建物だけは、十数メートル離れているというふうに言っておられます。しかし、大規模建築では、この距離は至近です。景観的にも面白くありません。また、本体建物だけが孔子廟ではありません。孔子廟の復元ということになれば、いずれはん水と言われる池や、その周辺にあった土塀も復元しなければなりません。これは校舎と重なってしまいます。重なれば、校舎を壊すか、復元をあきらめるかということになります。孔子廟の建物だけの移転は、復元とは言えません。この計画は、初めから見通しがないという状況ではないでしょうか。
 人口減少が激しく、特に周辺部となった地域では、中心部の2倍のスピードで、人口が減少しています。地域の消滅の危機が迫っている。そういうときに、中心部に一極集中して、大事業が行われることには、大きな疑問を持っている人がたくさんいます。

 先に述べたように、どこであれ、市民の暮らしの状況は、かなり厳しくなっています。その市民が今望むのは、孔子廟の移転ではなく、市民の命と健康を守り、暮らしを応援する施策、子育て支援、教育、衰退していく地域振興へのてこ入れなどであります。こうした問題が山積しています。
 合併以来、金がない、財政が厳しいと言って、市民の要望を押し込めてきた萩市です。その金を、ここに一極集中してつぎ込むことには、市民の理解は得られません。この事業は中止すべきだと考えます。
 よって、その始まりとなる予算が含まれるこの補正予算には、反対いたします。  以上です。

萩市議会会議録検索 より 平成28年12月定例会-12月16日-06号

 

◆1番(五十嵐仁美君) 議案第108号平成28年度萩市一般会計補正予算(第4号)に、反対の立場で討論に参加します。
 今回の補正の主なものは、職員の人事異動、人件費の調整のほか、臨時福祉給付金給付事業、道の駅「ゆとりパークたまがわ」整備事業、学校施設予防保全事業等の、国の平成28年度補正予算(第2号)を活用する事業及び旧萩藩校明倫館復元整備事業、繰越明許費の設定及び地方債の補正です。
 どれも必要な補正であり、問題ないのですが、旧萩藩校明倫館復元整備事業1,283万1,000円が見過ごせません
 この事業は、明倫館の復元に向けて、明治初期に、市内の寺院の本堂として移築された藩校の孔子廟を、発掘、調査し、元の位置に移築するために必要な経費を算定、設計する業務です。
 そもそも、旧萩藩校明倫館復元整備事業が始まったのは、平成15年からです。
 昭和4年に、国指定史跡となった水練池の指定地拡大で、萩開府400年事業の一つとして、南門を、萩幼稚園本願寺から移築復元しています。
 その後、平成21年に、萩商業高校跡地利活用検討委員会において、孔子廟の復元整備計画が出され、平成23年12月議会で市長より、孔子廟の移築について提案され、平成25年3月議会で市長より、孔子廟を中心として、新しい藩校の位置づけができないかとの見解を提示されています。
 平成25年5月から、明倫小学校跡地利活用検討委員会が4回開催され、旧萩藩校明倫館の復元について、まちづくりの観点から、長期的な展望に立って整備を目指すと、平成26年1月に決定し、平成27年の萩市総合戦略に、孔子廟、観徳門、聖賢堂等を、元の位置に移築整備するため、発掘調査などの整備に着手すると明記しています。
 そしてことしの市長施政方針で、明治維新150年の記念事業として、萩・明倫学舎と、萩藩校明倫館の整備に取り組んでいくことを表明しています。
 この間、旧萩藩校明倫館の復元計画にかかわってきた方々は、市長を初め、観光協会NPO萩まちじゅう博物館、商工会、社会教育委員会、PTA役員、児童クラブなど、旧萩市を中心とした組織の代表が中心となっています。孔子廟移築に賛成される方の多くが、文化財保護活動を日ごろからされている方々や、意識を持たれている方々が多いように思われます。
 残念ながら、私の周りには、日々の生活に追われていて、文化財に縁遠い方もいて、旧萩藩校明倫館復元のために、9億円をかけて孔子廟を移築する計画があることを知っている人はほとんどいません。特に、旧郡部の方々は、復元の話が進んでいた間、蚊帳の外にいたのですから、急に市報に載っているからと理解できるものではありません。
 今、市民の求めていることは、生活の安定です。守っていかなければならない萩のお宝は、文化財ではなく、萩市民です。日本の宝だと国が言うのであれば、国にこの復元事業をお願いし、市民に目を向けるべきではないでしょうか。
 今後、緊急性のない孔子廟移築につながっていく、旧萩藩校明倫館復元整備事業には反対です。
 よって、議案第108号平成28年度萩市一般会計補正予算(第4号)には反対します。

 萩市議会会議録検索 より 平成28年12月定例会-12月16日-06号

 

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