椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

あるポスター

 雑色にある「OK」に買い物に行き、そのあと子供たちを横浜の三ッ池公園に遊びに連れて行った。

 その行きしなのことだが、梅屋敷の商店街にあるセブンイレブンに立ち寄った。母の日に向けた企画で、規定用紙にお母さんの似顔絵を書いて子供が持っていくとチョコレートがもらえる、というのがあり、次男が書いたのを持っていった。

 その時、自動車を路側にとめて待っていたら目の前にある酒屋さんの横の壁に政治屋さんたちのポスターがたくさん貼ってあった。どの政党に偏らずぺたぺたと貼ってある。町を歩くとたまにこのようにポスターの貼り場所になっているうちがあるが、断らないとこのようになるのだろうか。

 ともかくその中に平沼赳夫氏と宇佐美登氏が同じポスターに治まったものがあることに気がついた。政党の記載はない。

 平沼氏が2005年に郵政民営化法案に反対して自民党を離れ、2006年の復党問題の時にも復党しなかったのは周知のことで、そのあと脳梗塞により倒れられたくらいまでは私も知っているが回復されているらしい。その平沼氏と大田区が地元の宇佐美氏が蒲田駅前で演説をする旨の告知のポスターのようだった。

 宇佐美氏については以前書いたことがあるが、もっと働いてほしいと私が感じているひとだ。2007年4月、丁度2年前の大田区長選に民主党を離党のうえ立候補したが落選されている。

大森駅海側の街頭演説 - 椋箚記(2008年2月18日)


 久しぶりに宇佐美氏のウェブサイトを参照したら先月4月付けの文章で無所属で国政選挙に立候補する旨宣言されていた。早晩到来する衆議院選挙に出られる、という選択肢を採られたらしい。






私・宇佐美登は、来る政治決戦において、無所属で国政に挑戦する決意をしました。永年に渡り、多くの皆さま方から多大なご支援やご助言を賜りましたこと、改めて心から感謝を申し上げます。

私はこの2年間、自分自身の生きるべき道を模索しました。心の修行を積むと同時に、全国の自治体経営や世界の国家経営を学び、そして政治の力を必要としている社会的に弱い立場の人たちとの対話を重ね、政治のあるべき姿を見つめ直しました。その結果、自らの進むべき道は、政治しかない、と決断しました。

(以下略)


以上 日は、またのぼる - うさみ登のホームページ より


 平沼氏と演説会、という点については無所属で立候補するであろうという点以外、共通するところが見当たらない気がする。日程をよく確認しなかったのだが、内容的に良いものになればよいが、とだけおもう。国政については今後益々可能性の類が狭まっていくようで、地方自治のほうがまだ面白いことができる余地があるように感じているのだが、宇佐美氏はもともと国政に目を向けていたひとではあるから軌道が戻ったということなのかもしれない。

 平沼氏については、身の処し方については筋を通しているようにも見えるが養父が平沼騏一郎氏、という時点で私には色眼鏡がかかってしまう。『街道をゆく』の『丹波篠山街道』で司馬遼太郎さんが、丹波亀岡に本部のあった大本教弾圧を昭和10年に実行した人物として当時の検事総長平沼騏一郎に触れ、のちに平沼騏一郎内閣総理大臣を務めた際「欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じたため」という理由で内閣総辞職してしまったことについて「自己の無能のみを理由に内閣をなげだした例は日本の憲政史上絶無かもしれない」と断じている。

街道をゆく 4 郡上・白川街道、堺・紀州街道ほか (朝日文庫)

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 思えば安倍晋三氏と福田康夫氏が二人続けてそれに近い内閣の投げ出し方をして「絶無」で無くしたようなのだが、それはそれとして薫陶を受けた人物がねぇ……という色眼鏡で見てしまっている。

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