椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

大森山王ジャーマン通り 古書店の変遷

 大森の「あんず文庫」という古書店を紹介する記事が Facebook で流れてきた。Bookshop Lover の和氣さんのポストで、近くまで来られたんだな、と思い「あんず文庫」の場所を確認してみて(あ、天誠書林のあったとこか)と納得した。

 

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  上記ポストへのコメントにも書いた、古書店の変遷を一部訂正の上もう少し詳しく、書いておこうと思う。

 

「天誠書林」がいつからあったのかはよく分からない*1。未読だが岡崎武志さんの『気まぐれ古書店紀行』に天誠書林が登場することから1990年代にはあったと思われる。大森駅から環七通りに抜けるジャーマン通り沿いの、環七寄りに行ったところ。隣が内科・小児科のじゅんせいクリニック、通りを挟んで向かいが中華料理のとんとん亭と京華飯店。この辺りに移ってきた2005年頃に私も一度店に入っている。

 

 自分の鈍さを残念に思うのだが、あまりにも真っ当な古書店としての店内の様子を当たり前に受け止めてしまい本棚の様子などあまり覚えていない。何故神保町ではなく大森の、それも駅からかなり離れた場所にこれほどの古書店が存在するのだろうかということに思い至らなかった。再訪することはなく、2008年3月末日をもって閉店されたと認識している。

 

 その後、私が松旭斎天勝と三島由紀夫について書いた文章にいただいたコメントで「天誠書林」のご主人が三島由紀夫作品の舞台の演出助手を務められた方であることを教えていただいた。

mukunokiyasuo.hatenablog.com

 

 その後更に店主の和久田わくた誠男しげおさん*2和久田わくた三郎さぶろう先生のご子息であったことを別の機会に知って、三島由紀夫云々よりも残念に思うこととなった。「先生」というのは、和久田三郎さんは植芝盛平翁先生の合気道の直弟子なのだ。私などからすると尊敬すべき先達であり、たとえ「天誠書林」に何度も通っていたとしても父君のお話を聞くような機会を得るのは難しかっただろうと分かりながら、惜しいことをしたという気持ちは拭えなかった。和久田三郎先生は一般には大相撲の力士、そして力士の待遇改善を訴えて起こされた春秋園事件の主導者である天竜三郎関として知られている。

  

春秋園事件(しゅんじゅうえんじけん)は、1932(昭和7)年1月6日に発生した力士の争議事件である。 事件名の由来は、東京府荏原郡大井町(現:東京都品川区大井)の中華料理店「春秋園」に立てこもったことに由来する。また、主謀者の名前から天竜事件、天竜大ノ里事件とも呼ばれている。複数の関取が、力士としての地位向上や大日本相撲協会の体質を改善するよう要求して協会を離脱したが、力士側の要求はほぼ受け入れられず、結局多くの離脱した力士が帰参した。

春秋園事件 - Wikipedia

 

 春秋園事件ののち争議を起こした力士達は大日本関西角力協会を設立するが、それも解散した後の1938(昭和13)年に和久田先生は満州に体育指導員として赴かれる。翌1939年の春に日本武道の普及のため満州に武道家達を招いたことがあったのだが、招かれたなかに植芝盛平翁先生がおられた。翁先生が説明演武の際に「我こそはと思うものは」と言われたのを受けて和久田先生は翁先生の左腕を持つのだがひしぐことができず、逆に投げ飛ばされたという話を合気ニュース社の『植芝盛平合気道』に収めらているインタビューでご本人が語られている。この時に弟子入りを志願、認められて三ヶ月という短い間だが本部道場で翁先生に認められるまで直接指導を受けられている。

 

植芝盛平と合気道―開祖を語る19人の弟子たち (合気ニュースブックシリーズ 1)

植芝盛平と合気道―開祖を語る19人の弟子たち (合気ニュースブックシリーズ 1)

 

 

 この話は合気道を修めている人間は知っていても、相撲ファン含め一般の人はあまりご存じないのではないかもしれない。Wikipedia の「天竜三郎」のページにも記載がないので、後日「人物」欄あたりに追記しておこうかと思う。

 

 ちなみに争議の時に和久田先生らが本拠とした春秋園は大井町にあり、以前調べてみたら確か今のイトーヨーカ堂のある辺りだった。和久田先生のご自宅はどうも大森山王にあったようであり、春秋園を使われたのも地元であったからかもしれない。ご子息誠男さんが大森ジャーマン通りに古書店を開かれたのも知った土地であったからだろう。

 

 余談が過ぎた。「天誠書林」は前述のように2008年3月末日で閉店され、ネット古書店での運用に移行されたと聞いている*3。「天誠書林」閉店後すぐあとに入ったのが九品仏から移って来られた「アンデス書房」という古書店だった。私は「アンデス書房」にもやはり一回だけ入った記憶がある。南米に関する本であったり民俗学、特に宮本常一さんの著書が充実していたとのことだが棚がどうだったかやはりほとんど覚えていない。宮本常一は地元山口の偉人であって(宮本さんは周防大島、私は長州の片田舎でちょっと離れているが)『忘れられた日本人』は愛読書なのだが、これまた自分の鈍さが恨めしい。

 

アンデス書房」は翌 2009年4月で閉店、同年6月に「東京くりから堂」が入った*4。私は「東京くりから堂」については遂に訪れないままだった。2017年夏頃に閉店されたと思う。アンデス書房さんも東京くりから堂さんも、ネット販売や古書市への出店はされているのではないかと思う。

 

 約2年間空き店舗だったのが、9月14日に「あんず文庫」が開店された *5。Bookshop Lover のポストを読んで数日後に行ってみて、笙野頼子さんの短編集を買った。丁度短編小説について書くことがあったのだ。店内にはバーカウンターがあるのだが先週末に再訪したところお客さんが二人座って店主と話しておられた。既に常連客さんが来るようになっているならしばらくは最寄りの書店は安泰ではないかと安心している。

 

大森 あんず文庫

 

*1:これを書いたあと『同時代の証言 三島由紀夫』(松本徹・佐藤秀明・井上隆史・山中剛史編、鼎書房)に当たったところ1993(平成五)年開業とのこと

*2:書いた時点で「まさお」とルビを振っていたが、『同時代の証言 三島由紀夫』(松本徹・佐藤秀明・井上隆史・山中剛史編、鼎書房)に和久田さんの略歴があるのにあたったところ「しげお」とあったので訂正しています。失礼しました

*3:和久田さんはその後も西荻ブックマークなどのイベントにも出席されていたそうだが2012年に逝去されたと聞いている

*4:「松旭斉天勝と三島由紀夫」にいただいたコメント情報

*5:あんず文庫さんの Twitter アカウントのプロフィールより