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椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

理容石坂

まち 馬込の建物

 萬福寺にほど近い五叉路に「石坂」という理容店があった。 先月8月25日に取り壊し工事が途中まで進んでいることに気がついた。

 

 同じ並びにかつて山田豆腐店というみせがあって、既に豆腐屋は廃業されている。この夏まで看板はそのままでおられたのを写真を撮った時に奥に理容石坂も写っていた。このころにはもう壊されることが決まっていたのだろうか。ちなみに山田豆腐店も今は看板を白く塗りつぶしてしまわれている。

 

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 Google Street View からより近い外観をお借りしてくる。古びたまちの理髪店だった。

 

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 豊中上新田から馬込に移ってきてしばらく、散髪のたびに違うみせに行って刈ってもらっていた。折角全く知らぬ土地に来たのだから色んな床屋に行ってみようとしていた。やがて臼田坂下にある「カヤノ」という理髪店にばかり行くようになるのだが、最近は荏原町の「バーンファースト」という安いがご主人腕が良いという店にお願いしている。情けないことだが散髪代もケチらねばならないようになってしまった。

 

 それはそれとして、石坂には馬込に来た翌年の秋に入店している。

 

 忘れていたのだがその時にご主人にいろんな話しを伺っていて、昭和10年(一九三五)の創業で自分が二代目だというお話しだった。二二六事件の前年。まだ馬込は小松菜畑が広がっていたころだが萬福寺そばに室生犀星さんが家を建てられたのが昭和7年、小林古径さんが同じくアトリエに隣接した場所に自邸を建てられたのが昭和9年。徐々に郊外のまちになり始めたころに店を始められたということになる。八十周年を迎えられていたということは立派なことだ。

 

mukunokiyasuo.hatenablog.com

 

 ご主人に刈っていただいたのが丁度10年前。その時すでにそれなりに年がいっておられるようにみえた。お客さんは常連さんばかりという感じの店だったが引退してゆっくりされることとしたのか、それとも……と少し心に残るなどしている。

 

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馬込の失われた建物たちシリーズ

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 馬込の失われた建物たち地図

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