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椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

『無意識の整え方』

合気道

 電子雑誌『トルタル』でお世話になっている古田靖さんが合気道関係の取材をしているというのを Facebook でお見かけして「合気道についての補足情報とかでしたらお任せ下さい!」的な適当なことをコメントしたりしていたのだが、その後お会いした時に「心身統一合気道の道主藤平信一とうへいしんいちさんへのインタビューだったんですよ」と教えていただいた。

 

 私は大阪市立大学合気道部で稽古を始めた。大阪市立大学合気道部はもともと故阿部醒石先生を師範に仰いでおり、現在はご子息阿部豊雲先生門下だが、私よりも遡ること十年ちょっと前にいろいろな師範の門を叩いたうえで藤平光一とうへいこういち師範を良しとする先輩がおられた。合気会から分かれて心身統一合気道を創始された方で現道主藤平信一師範の父君だ。藤平光一師範の技や理論は植芝盛平翁先生の技からみると独自の発展をみたものであり本部道場とも違うし我々市大合気道部の阿部醒石師範とも異なる。だが市大合気道には上記先輩の影響から心身統一合気道の理論が一時期色濃く入ることとなった。

 

 私が大阪市立大学に入学した1987年頃には藤平光一師範の技についての情報は断片的になってしまっていて、その論理を正確に説明し実際に技に現せる部員はいなくなっていた。あくまでも阿部醒石門下として運営するようになっており心身統一合気道との接触が絶えてしまっていたからだ。これは単に政治的判断とかだけではなく藤平光一師範がどういう人柄だったか、ということにも起因するのではないかと私は推測している。「藤平光一」と「背広盗難」あたりのキーワードの組み合わせでネット検索すると「合気ニュース」の No.60 に掲載されているという西尾昭二師範のインタビュー記事からの引用が読めたりするのだがこの辺りから垣間見える人柄だ。実際私も公に書くのはよろしくないだろうと判断せざるを得ないような話しを先輩から伺ったこともある。

 

 そんな経緯もあって私は藤平光一師範にお会いしたことはない。全て合気道部の先輩から伺った話、あるいは本で読んだエピソード、映像情報からの情報に接してきたに過ぎないのだが端的に言えば私は藤平光一師範については「天才」で「カリスマ」であったと認識している。技のうまさだけでなくその技の理合を言葉で表現する論理性。武道の団体にとどまらない、中村天風さんの影響を受けての宗教法人的な側面も持っていた財団法人氣の研究会の立ち上げ。

 

 そのあとを嗣がれた藤平信一師範についてはこの本を読むまで全く存じ上げなかったのだがお父様とは全然違った印象を持った。どちらかというと穏やかで周囲とのバランスを取ろうとする方のようにお見受けした。財団法人氣の研究会は足利銀行の経営破綻のあおりを受けて2013年に事業停止となり、新たに一般社団法人心身統一合気道会が出来て現在に至るのだがこの経緯も先代とは違う道主の有り様に関係しているのかもしれない。

 

『無意識の整え方』という本だが前野隆司さんによる四名の方と対談集。前野さんは慶応義塾大学大学院のロボット工学の研究者だが、この本ではロボットに付与する人工知能の研究のなかで出てきたとおぼしい「受動意識仮説」をテーマに据えて対談が行われている。

 

 我々は従来ルネ・デカルトが『方法序説』で提示した「我思う、故に我あり」以来自らの意識が主体的に自らの行動を決めていると理解している。前野隆司さんの「受動意識仮説」というのは従来の考えに対し「実は無意識が先に働きかけていて、それを意識が受け取って行動を決めているのではないか」と仮説しているのだと私は理解している。もしそうならばどんなに「意識」ががんばっていても「潜在意識」が荒れている状態では良い決定は下せない。だから無意識を整える手段を我々は学ばなければならないのではないか……という問いかけがこの対談集の根幹にはある。

 

  その対談の相手のひとりに藤平信一師範が選ばれたというのはなかなか興味深い。心身統一合気道荒川博コーチを介して王貞治さんに影響を与えたというのは知られた話しだけれど藤平信一師範もメジャーリーグの球団に指導者メンターとして関わられているという。心身統一合気道の「心が身体を動かす」という主題が合気道以外の分野にも興味を持たれているところから来ているのだろうし今回の対談が生まれた契機にもきっと影響を与えているのだろう。

 

 つい先日も書いたことだが、自分は合気道が他のスポーツの参考になったり逆があったりということについてはあまり過大評価したくない考えの持ち主ではある。ただ異なる価値観が交わってより強靭な思想を生んだり思わぬものを生み出したりすることは活発であった方がいいとも思っている。そういう観点でみて面白い対談集で、この本自体が異なる価値観の交わる場を生み得るのではないだろうか。

 

 

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