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椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

ある剣道師範の小評伝

 先日大分の剣道師範が教えている中学生剣道部員に暴力をふるっている動画が公開され、テレビニュースでもその動画が取り上げられていたのを見た方もおられるかと思う。私は2004年に板橋区の常盤台剣友会で子供に対する虐待が発覚し指導員が書類送検された事件の時以来剣道というものに低い評価を持ったまま今に至っている。それは虐待があったという事実より、そのような事件があっても改善についての議論が剣道をやっているひとのコミュニティから起きたように見えなかったことによる。

 そして七年ほど経って、同じような指導者が大分に居たことが判明した。

 このたび改めて、剣道に携わられているひとからなにがしかの意見が出ていないか探してみたら、「剣道の理念に反している」という批判の声もいくつか見つけることが出来た。

 逆に「それぐらい厳しくていいのだ」という意見の声もみつけることが出来た。もっと議論白熱しても良いのではないかとおもうのだがそれでも2004年に見つけることができなかった意見の表明が当事者の方々から出ているのを知って少し安心した。

 あと雑誌ではどのように報道されているのかも調べてみようとした。剣道というとスキージャーナル社が出している「剣道日本」がまず思い浮かぶ。他にも探したら「剣道時代」というのもあるのを思い出した。これらの雑誌を書店に立ち寄った際に探してみるのだが、驚いたことになかなか置いていないことに気がついた。空手の雑誌はたいがい置いてある。総合格闘技についての雑誌も置いてある。なんだったら「秘伝」が置いてあっても「剣道日本」は見つけられない。ほとんどが定期購読で流通しているのだろうか。

 雑誌について確認できずにいたなか、先日1週間休暇を取り山口県の須佐にある実家に戻ってきた。須佐は片田舎のまちだが、先進的な図書館がある。旧須佐町民に発行されている会員カードがあれば24時間利用可能なのだ。実家のすぐそばにあるため……というか、図書館が建っている土地は私の父が子供の頃までは椋家があった場所なのだ……子ども達を帰郷中につれて行ったのだが、その時にも剣道について何か書籍が無いかとおもって棚をみていると『山口県剣道史』という本をみつけてしばしページをめくった。表紙は旧字体で『山口縣剣道史』とある、なかなか立派な装丁のものだった。

 山口県に限らず、剣道が現在の形になっていく経緯などから書き起こされていて興味をもって読んだ。曰く、明治の世となり廃藩置県に廃刀令と武士が居所をうしなっていくなかで、旧士族を警官として雇い、剣術も警察の道場において撃剣として存続するに至った。撃剣、というのは昭和初期まで一般的だった呼称だそうである。

 山口県において明治末期から昭和初期にかけての剣道教育草創期に何人かのすぐれた剣道師範がおられたことが紹介されていたのだが、中でも早川要さんという師範についての記述が非常に印象深かった。長野県の出身で、撃剣の師範として山口に赴任され旧制の山口中学校(現山口高校)や山口高校(現山口大学)の師範を務められ、生涯を山口で送られたように書かれていた。この方は道場においては「鬼」と呼ばれた厳しい師範であったようなのだが、教えを受けた生徒の回想を読むと、生徒を虐待した常盤台や大分の指導員との正反対だったとみえる。

  • 道場では厳しかったが試合結果で態度をかえることがなく「みなさんご苦労様でした」と労うことを忘れなかった
  • 300人はいた生徒のフルネームをほとんど覚えておられ学外で偶然出会ったような場合にもかならず氏名で呼びかけられ挨拶されるのが常だった

 もっと逸話があったような気がするのだが忘れてしまった。

 というか、これほどの師範であるならばあとで改めて調べれば良いだろうとおもっていったん『山口県剣道史』を棚に戻したのだが、あとでお名前で検索しても全く訪ね当たらず、もしかしたらお名前を誤って覚えて帰ったかもしれないというほど情報が見つけられない。例えば山口大学剣道部にはウェブサイトがあるので沿革などが書かれていないかと思ったりしたのだがなかった。そういうことは部誌などに書かれてOB会や剣道部のなかで語り継がれているものなのかもしれない。

 以前にも紹介した情報のリンクを以下に示すが、学校の部活動において突出して死亡事故が多いのが柔道なのだが、こと高校生の部活動では剣道も無視できない数の死者を出している。優れた指導者の事績は隠すことなく積極的に共有してほしいとおもう。優れた指導実績は密かに語られ、中途半端な武勇伝が幅を利かすようであったなら、根本的な改善は望めないようにおもう。

頻発する柔道事故に対しての緊急メッセージ | 全国柔道事故被害者の会

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