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椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

勝速日

合気道

 12月8日の日曜日の大田区合気道会の稽古で三教投げを稽古した。正面打ちを三教の裏の捌きを同じに崩して三教に決めて前に投げる。

 大田区合気道会では普段あまりやらないこの技は大阪市立大学合気道部ではよく稽古した。三教にとってからは前に投げる形と、三教に極めていって自分の背中側を通って反対側に持ってきて相手の肘を押さえて投げる形があった。入り方は「正面打ちを入り身でかわしたあとその手をつかまえる」というものだったので、太刀取りの入り方に近いイメージだといえるだろうか。

 入り方としては三教の裏から、という方が当然ながら理にかなっている。投げ技の時だけ「かわしてからつかまえる」というのはおかしいので、なんとなく学生合気道部時代に違和感を覚えていたのはこれだったかと思った。

 それはさておき、この技をかかり稽古の形式でやっていたのだが、横からみていただいていて「椋さん、延び上がってしまっている」と指摘いただいた。正面打ちを捕まえようと、急いでいてしまっていたらしい。

  あとでそのことを反省していて合気道における「速い」ということについてよく天之武産合気塾で話が出たことを思い出した。キーとなる言葉は「勝速日」。

「勝速日」とは古事記に出てくる言葉、というか忍穂耳という人物の尊称に使われている言葉である。忍穂耳は邇邇芸、つまり神武天皇の父親であったとされる人物で、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命と書かれている。まさかつあがつかつはやひあめのおしほみみのみこと。

古事記 (岩波文庫)

古事記 (岩波文庫)

 

 勝速日、は植芝盛平翁先生が書かれた墨書が吹田の天之武産合気塾道場にも掲げてあった。この言葉についてしばしば出てきたが、私などは観念的に聞いていたもので本当の意味が分かっていなかったのではないかという気がする。曰く「合気道というのは最初から勝っているのだ」という表現をされていたりしたが、その本当の意味をどうとらえるのか。

 ひとつ思っているのは、動き出すのは自分である、ということでこの理解はそんなに間違ってはいないのではないかと思っている。自分から動いていれば相手に対して常に先んじていることができる。だから「急いで」動く必要はない。

 三教投げの稽古の時は自分は正面打ちが来るのを待っていたので結果的に相手の正面打ち、特に肘を捕まえに行ってしまい延び上がっているように見えたのだろう。「速い」と「急ぐ」を混同してしまっていたということになるだろうか。勝速日の真理にはまだ遠い。

 

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