椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

外へ出よ恥を掻こう

 妻の協力あって、綾瀬であった東京都地域社会合気道指導者研修会には土日両日とも参加することが出来た。

 先に書いたように座学の時間もあるが、午前午後と2時間づつの稽古もあり、充実した内容だった。

 大田区合気道会の師範代の方と「むくのきさん、こういうの好きでしょ」「ええ、好きですねぇ」という会話になったのはまさにこの稽古のこと。この研修会、当初の想定人数を大幅に超えて参加者が150名規模となった。東京都内様々な道場から参加されてくる訳で、私はどんな人が東京にはいるんだろうと思いながら技ごとに場所と相手を変えながら稽古していた。

 今回の研修会では午前を難波弘之師範、午後を栗林孝典師範とそれぞれ本部道場の師範が担当された。

 その稽古のなかでのこと、栗林師範が「自分で言っちゃあなんですが」と前置きされた上で「我々が(研修を受けている)皆さんより優れているのは、毎日いろいろな場所へ赴いて稽古しているからです」という意のことを言われた。

 これはまさにその通りで、稽古の回数や時間ではなく、「いろいろな場所へ」という語に重点がかかっている。

 今回の研修会にしても、東京都合気道連盟所属の道場から集まっているとはいえ、150名から居る訳である。中には私みたいに(もっと何か教えてくれや)みたいなことを考えながらやっている不逞な輩も紛れ込んでいるわけで、教える立場の難波師範、栗林師範もそれをぴしゃっと抑えこむ強さが必要になってくる。

 その強さというものは外に出ていって異なる文化に触れることで得られるもので、自分の道場に籠って稽古を積むことでは得られないものだろうと思っている。

 斯く言う私も2日目の稽古で栗林師範に呼ばれて回転投げの受けを取った時、栗林師範が投げるより前に「受け」をとってしまうこととなり注意され醜態を晒すこととなった。栗林師範に「そうなるだろうと思ってお呼びしたんですけどね」と言われた通り、私が「受け身を取る」のではなく自分で勝手に「受けを取ってる」のを見透かされた、ということになる。このことは先に私が「受け身の美学」で書いたことが自分では出来ていなかった、ということで恥ずかしいことには違いない。

 でもね。

 今までもそういう経験をしたから正しく稽古を積み重ねられてきたのだとおもう。以前にもどこかで書いたような気がするが、 齋藤仁弘先生が吹田の天之武産塾合気道道場で稽古された時にこてんぱんに直された事とか、旧三商大戦で一橋大学合気道部の後輩にすごく強いひとがいて全く歯が立たなかった事とか、いろいろ恥を掻いてなんとか今の自分の技があったりする。

 今回でも外に稽古に来ている、ということはいつ誰にやっつけられるかもしれない、という恐れの気持ちもどこか片隅にあるのだけれど、その向こうにしか見えないことがある。

 だから市大合気道部の後輩にも「外にも出て稽古せぇ」ということを機会あるごとに言うように心がけているのだけれど、伝わっているかどうかは分からない。ただ言い続けるのみである。

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