椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

ダイシン百貨店における些細なトラブルにみるヒヤリ・ハット対策について

 本日は大森駅近く、山王の熊野神社の秋の例大祭だった。

 子供達と日曜日の散歩をしていたところ、弁天池辺りでお囃子が聞こえてきたのでお祭り目指して歩いて行った。

 ただ、お昼12時頃だとまだ子供達が目指す屋台はまだ準備中だったため、近くのダイシン百貨店に行った。

 ダイシン百貨店のウリのひとつだと思う上の階の食堂は改装継続中のためやっていないようで、4階にテナントの和食レストラン、5階にかつて池上通り沿いに隣接していた「cache cache」というカフェがあり、そこで昼食をとった。余談だが「cache cache」には池上通りに面したベランダに「足湯カフェ」があって、子供達が喜んで入っていた。

Footbath cafe

 閑話休題。

 昼食を終えて外に出ようとした時のこと。

 現在旧館の取り壊しがほぼ完了し、新館で営業しているダイシン百貨店の、その新館の入り口はピロティ上になっていて、入り口前でよくワゴンを出して何かをセールしている。本日は駄菓子だったので子供達と見ていた。

 折りしも鳥取沖に抜けたところである台風12号の影響か、風が強かったのだが、丁度私の背後に立っていた、高さ2メートルくらいの立て看板が倒れて私の頭にゴンと当たった。

 看板はごく軽いものだったのだが、私の前には小学生の子供が二人居た。いくら軽いといっても彼らに当たっていたら怪我していたかもしれない。

 側にいた別のお客さん、お孫さんが居そうな紳士が駆け寄ってきて看板を私の頭からどけてくれた。ところが振り返ると、複数いるダイシン百貨店の店員が誰も何も言ってこない。ざっとみて5名か6名いたのだが、なんのリアクションもないので「おい、店員誰も来んのんかい!」と声を上げた。長男も「すいませーん! ちょっと!」と店員を呼んだもので(長男はこういう時コミュニケーション取るのがうまいという特性を持っている)さすがに2名が寄ってきた。

 起きたことを説明し、看板を撤去しておくよう行ったところ1名が看板を運んでいき、1名が謝って来たが、なんとも鈍い対応が印象に残った。

重要なのは今後の対応だと思うのだが

 帰って風呂に入りながらつらつら考えた。

 これはダイシン百貨店としてはヒヤリ・ハット事例に当たるのだが、このことが速やかに報告され、今後の対策に活かされるのだろうか。

ヒヤリ・ハット」というのはごく一般的な用語だと思っているが、どうなのだろうか。

 直感的に分かるように、重大なトラブルには至らなかったような問題の発生をこう呼ぶ。私も勤務先ではシステム運用の現場で普通に使う。

ハインリッヒの法則」という学説があり、1件のトラブルが起こる背景には、その前に「29件の軽微なトラブルがあり、更に300件のヒヤリ・ハットがある」というものである。1929年に発表されたという古い説だが、今でも(少なくとも日本では)信じられている。


ヒヤリ・ハット - Wikipedia

ハインリッヒの法則 - Wikipedia


 私も勤務先で、ヒヤリ・ハットは報告するようにしている。ヒヤリ・ハットは報告してきたメンバーを譴責しない。というか、重大なトラブルになってもそんなに個人は非難しない。たいがいトラブルを起こす真因はシステムか仕組みにあるという発想でいる。

 ヒヤリ・ハットを集めることが大切で、集めて分析することでトラブルの真因を未然に摘むことにつなげようというのだ。未然防止ができているかと自省すると詰まらざるを得ないところもあるのだが、どこの現場でもやっていることだろうと思う。

 当然、小売業の現場においてもあるのではないかなぁと考える。当日5階(屋上)のプールは台風の影響で営業停止していたから、当然台風は気にしていたはず。想定外に起きたちいさなインシデントも拾い上げられ、今後の店舗運営に活かされるるのではないだろうかと期待はしつつ、実際に私の頭に看板が倒れてきた後の対応を見ると若干不安を覚えるものである。

 近辺に住む高齢の住人にきめ細かいサービスを提供して評価が高く、時々テレビでも取り上げられるダイシン百貨店だが。店内ではこんな本もディスプレイしてあった。
 

”下町百貨店・ダイシン”はなぜ、不況に強いのか

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 まぁ大森山王の住宅街を前にした、品のいいまちにある老舗百貨店で大阪弁でクレームっぽいことを言い散らす子供連れに関わり合いになりたくなかっただけかもしれないと反省もしつつ。