椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

馬込の墓地建設反対の話

 私が今合気道の稽古をさせて頂いている道場は南馬込文化センターの近所で「墓地建設反対」という幟が立っているのは少し前から気づいていた。幟は仕舞われるどころか、他に「大乗寺の個別訪問は断固断る!」というような強硬な貼り紙を見るようになって、一体何が起こっているのだろうと思うようになった。


 ちょうど南馬込文化センターの入り口の斜向かいぐらいに貼り紙が貼ってあり、それを読んでいてなんとなく事情が分かってきた。貼り紙には反対の会のサイトもつくられているとあった。


 この辺りは自動車が行き違えないくらい道の狭い住宅密集地だが、そこにぽかっと出来た空き地にお寺が墓地を建てるという話があるらしい。あの辺りにお寺なんかあったかなぁとおもいながら反対の会のサイトを参照して、様子が分かってきた。墓地をつくろうとしている大乗寺というお寺、実は馬込のお寺ではない。大田区近隣のお寺ですらない。もっというと、お寺が実在するのかすら怪しいようだ。

 つまり、宗教法人としての大乗寺は書類上のものであり、墓地建設・運営業者が実態であるらしい。そう考えると、このたびの墓地建設問題は馬込に限ったことではなく、住宅地においてはどこでも起き得る問題として汎化できる話であり、更にいえば現在も進行中の瀬戸内祝島と中国電力の上関原子力発電所建設の問題のように、業者と住民の考えに大きな齟齬がある場合に立法・行政機関はどのように対応すべきかという問題とも通底するといえる。広く知って良いとこかと思うので、反対の会サイトで知ったこの馬込の墓地建設の問題点をざっと書いておく。いずれも個別の問題ではなく、関連し合って負に働くという類の問題である。ここでは問題点を抽出して書いているので、馬込の事例の詳細は反対の会のサイト、ブログを参照されたい。

1)駐車場が確保されないような場所に墓地が建設される

 地元のお寺の墓地ではないとなると、必ずしも地元の方がお墓を購入するとは限らない。

 そして、そのような墓地を購入する人はというと、お寺の檀家ではない人、例えば新興宗教の信者であって特定のお寺の墓地に葬られることを好まない人か……とか考えられる。路上駐車などが行われたとすれば、住民の自動車が立ち往生するようなことさえ起こり得る。

2)細い路地しか無い場所に墓地が建設される

 上記1)とほぼ同じ問題点。

 おそらくは自動車でお参りに来るのかと思うのだが、写真でもちらりとは分かるかもしれないが、自動車が行き違いできないような路地の奥の場所であり、このような場所に地元以外の自動車が入ってくることは好ましくない。

 住民の方の自動車が通れなくなることもあるし、いかに23区内で大都市の話であるとはいえ、見知らぬ人が墓を購入したという理由だけで出入りするのは気持ちのいい話ではない。地元に愛の無いひとがどのように振舞うかという観点でもそうだし、それが犯罪者の隠れ蓑に成り得るとすればなおさら気持ち悪い。

3)普段のお参りが見込めないような場所に墓地が建設される

 お墓のお供えの花、花の水、お供えものが放置される、ということ。それでなくても東京は鴉が多い。鴉がお供えを荒らすことは目に見えているし、花の水は蚊の温床になる。

 管理するお寺もない、地元の家の墓とは限らないとなると、取り替えた花や木は持って帰ってもらわねばならないが、その土地に愛着のないひとがマナーを守って花を持って帰ることを期待できない。墓の運営会社がそこまで管理するか。

 例えば馬込で大きな寺といえば萬福寺があり広い墓地を有しているが、お寺にはお坊様がおられるし、墓地はいつも綺麗だ。

 前に住んでいた豊中は上新田のマンションは、ドアを開けると墓地が広がっていた。日常的に墓地を見下ろして過ごしていたが、地元の真覚寺という門徒のお寺があり、普段からお参りされているのを目にしていた。墓地に入ったことはないが、いつも綺麗に維持されているように見えた。このような墓地と同じように馬込の墓地が運営されるかというと、疑問が残る。

4)住宅地に死角をつくってしまう

 公園だって死角になるかもしれないが、墓の方が普段人が入らない場所になる。今回の土地は住宅地の中の、路地の奥の場所なので普段人の目につかない場所をまちの中に作ることとなってしまう。

 墓地ができることで地域外のひとが出入りするようになるとなおさら、犯罪者に都合の良い場所になりかねない。幼稚園・小学校に子供を通わせていると、大田区のサービスで携帯電話で不審者情報のメールを受け取ることが出来るが、子供の前で服を脱いだり、写真を撮ったり、連れ去り未遂があったりが日常的に発生していることが分かる。

5)そもそも土地を取得してしまえば、街の景観や産業、住民の生活に関わらずそのうえにものを作り事業を行って良いものか

 上記1)〜4)が各論で、共通しているのはこのような問題が起こりうることが分かっていても法律の範囲内で勧めている限り行政(この場合大田区)が業者を止めることが難しいということにある。だが、「法律の範囲だから手を出せない」「担当外だから」というような同じようなコメントをいつまでもしていて良いのかというと、そうではない。反対の会は大田区長の松原氏とも直接話ししたそうだが、区長が「励ました」という表現をされているので、なんでそんな他人事なんだという印象がある。

 こと日本においては景観の面で、産業的な面で、まちが破壊されるという事例が積み重ねられているのであって、政治や行政に携わるひとはどうすればまちが健康に生きられるのかという観点を持たなければ存在意義はない。

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