椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

益田にある島根県芸術文化センター「グラントワ」が素晴らしい件

 須佐帰郷の機会に島根県益田氏在住の楠知幸さんに会いに行った。「マチともの語り」で作品を発表している書き手としての先輩である。

 このたびの休暇、移動に入る直前から私は風邪をひいてしまい、前半は寝たり起きたりだった。楠さんもちょうど風邪をひかれていたとのことで、休暇も最後になって1年ぶりにお会いすることができた。

 私が今回眼鏡を忘れて帰郷したため自動車に乗ることができず(運転免許の条件になってる)、十数年ぶりに山陰線で須佐から益田まで移動した。

 楠さんが車で益田駅まで来て下さったのだが、自動車に乗って「椋さん、グラントワ行ったことある?」という話になり、未経験の私は連れて行って頂くこととなった。益田駅は南側が最近再開発されて道など広くなったのだが、駅前の通りを南東にちょっといけば島根県芸術文化センター、通称「グラントワ」がある。私は道路沿いにある案内図でそういうのが出来たらしい、と知っていたくらいで訪れたことがなかった。この訪問が思わぬ展開になったので、そのことについて書いてみたい。実のところ、向こう2ヶ月くらいはちょくちょく益田とグラントワについてしきりに書き続けようとおもっている。

石州瓦

 グラントワは外壁を石州瓦と、同じ手法で作られたタイルとで飾られている。

 石州瓦は私など山口県や島根県の山陰側に縁のある人間にはごく身近なものだが、全国的にはどうなのだろうか。例えば下の写真は山陰線飯浦駅辺りから撮ったものだとおもうが、このような赤褐色の瓦屋根で集落が形成されている景色が私にとってお漁村山村の既定値となっている。


 その赤褐色でつくられたグラントワは建築として決して奇をてらってはおらず、むしろ落ち着いた風景になっている。駐車場に車をとめてもらって、方形の中庭を囲んで劇場、美術館、スタジオが配されている建物を楠さんと歩いて回った。楠さんはバンド活動もされていて、ここのスタジオを練習に使うことがあるのだという。中庭も、中庭を囲む回廊も別に入場制限などなく、町の中心部にあることから楠さんのように設備利用経験者でなくとも、益田市民が涼みにくるといった利用が気軽にできる雰囲気になっている。

 中庭に出ると中央部分が窪んでつくられているようで、浅い水盤になっている。水盤の部分は上下できるようになっており、中央部にステージを設けることも出来るのだと楠さんは教えてくださった。実際、この中庭を使ってお祭りをしたりするそうだ。

劇場の裏側を

 回廊をひと巡りしたところで、楠さんがグラントワのスタッフの方でご存知の方と行き会い、挨拶された。普段スタジオを借りておられるし、あとで聞くとグラントワが出来る前の文化センター時代から顔見知りの方が多いとのことだった。すかさず「東京から友達がきとって」と私を紹介して下さる。誠に、人と人をつなげることが自然に出来る人なのだ。

 そこから、思わぬことになった。スタッフのHさんが「劇場のなかを見ておいで。案内してあげる」というのである。

 グラントワを構成する「いわみ芸術劇場」は翌日の全国吹奏楽コンクール島根大会の準備中で、学生さんや教師の方々が出入りされていたが、公演はなかった。え? いいの? と驚きながら、楠さんと中に入れていただいた。

「いわみ芸術劇場」はコンクリート打ちっぱなしで作られているのだが、無味乾燥でなくて板の目の模様になっている。板を組んでコンクリートを流し込み、固まってから板を外すという工法を取って作られたのだと言う。ちなみに床は先ほど歩いた廊下も含め、見事な光沢の木材でふかれていたが、全て花梨の材だということを教えて頂いた。外壁の石州瓦、内部の木枠コンクリート、床の花梨材と3つともが自慢であると、Hさんは誇らしげに語って下さった。

 劇場は音響にも注力して作ったし、設備的にも「足りないものはない」ように作ってあるとのこと。クラッシクにしろ演劇にしろロック・ミュージックにしろ、地方での公演では何か機材が足らずに省略版の内容になることがあるというのだが、グラントワではどのジャンルであれフルバージョンで公演できるという。舞台にも立たせてもらったが、舞台装置を移動できるよう広く、高くとってある舞台裏が印象的。

変わりつつある益田

 楽屋や小劇場のほうまで見せてもらい、野外に設置されている喫煙所でHさんが一服する間雑談した。

 Hさんは「益田はもともとなんのまちかというと、ギャンブルのまちじゃったのよね」という話をされた。ご存知の通り益田は数年前まで地方競馬上を有していた。今もパチンコ屋は多いという。私の実家のある須佐は最近の市町村合併で萩市になってしまったが、商圏としては益田に近く、実際よく買い物や外食にいく。パチンコ屋については言われてみればそんな気もする。 

「最後の方はお荷物じゃったかもしれんが、昔は競馬で市が潤おうた訳じゃけえね。益田はギャンブルのまちよ。そこに文化施設をつくったんじゃからね」。益田市は全く新しいマチの個性にチャレンジした、ということになるだろうか。

 しかし、このチャレンジは実を結びつつある。人口と比較した美術館の入館者数では、グラントワの「石見美術館」は全国2位なのだそうだ。典拠を探しきれていないが、グラントワのスタッフの方々のblogには言及がある。

島根県芸術文化センター「グラントワ」 | グラントワblog | 東京での石見・番外編


 グラントワも収支的には厳しいらしい。建築費用も168億とだか言われていたし、維持費用にせよ半端ではないはず。実際建築中に「何億円か捨ててもいいから、グラントワは中止するべきだ」と主張する島根県議も居たのだと言う。

 それでも入館者数において全国トップレベルの数字を出しているというのは、先に書いたように町の中心部にあり来場しやすいこと、別に劇場や美術館に用はなくとも訪れて時間を過ごすことが出来るような雰囲気であることなどが数字上の結果に現れたといえるのではないか。知らない間に益田は変わり始めているのだ。

 お礼を述べて劇場内部ツアーは終了となった。このあと折角だからと、「いわみ芸術劇場」と並んでグラントワを構成する「石見美術館」のほうも楠さんと見ていった。こちらは「黒田清輝展」。『湖畔』や『智・感・情』などいちどは目にしたことのある作品や、『昔語り』でひとつの大作を完成させるまでに様々な準備を行ったことを見て、日本における西洋画開拓者の精神を見ることが出来た。

昔語り下絵(僧) 文化遺産オンライン(参考、こんなデータベースがあった)


 グラントワの中にある喫茶店で楠さんと雑談してから別れたのだが、今までグラントワの詳細を知らずにいただけにいきなりその全貌をみせて頂くこととなり頭がスパークするような刺激を受けた。特に最後にうかがった、益田に文化という新しい個性を根付かせようという心意気には深く刺激を受けた。

変わり行く益田を勝手に発信する使命

 私がグラントワについて知らなかっただけでなく、まだまだ益田のそとにはグラントワの素晴らしさは知られていないのではないかという気がする。私はそれを知ってしまったのであり、それを伝える役目をふと渡されたような気が帰路していた。

 というわけでしばらく間歇的に益田について書いてみようと思った次第。「島根」及び「益田」タグで書くぞ。

 といっても私は建築にも、劇場や音響にも詳しくない。誰かグラントワの設備について客観的な評価をする助けをしてくれないかなぁ。