オーバーステイによる不法滞在は犯罪か
犯罪に決まっているではないか! もちろんそうなのだが、量刑のことを考えていた。昨日書いた、不法滞在による国外強制退去についての話の続き。
「不法滞在はよくないことなのだから、強制退去も仕様がない」というのは正しい判断だろうか、ということを東京〜羽田往復の道すがら考えていた。
想起したのは次の挿話。宮本常一さんの名著『忘れられた日本人』、「村の寄り合い」に出てくるはなし。
- 作者: 宮本常一
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1984/05/16
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長野県諏訪湖のほとりの村で農地解放の指導をしているひとの話で、農民の反対にあい苦労していたところ、もう引退している老人が「人間一人一人とって見れば、正しいことばかりはしておらん。人間三代の間には必ずわるい事をしているものです」と励ましてくれた、というのである。それで、話し合いで皆が勝手に自己主張しているときに「皆さん、とにかく誰もいないところで、たった一人暗夜に胸に手をおいて、私は少しも悪いことはしておらん。私の親も正しかった。祖父も正しかった。私の家の土地はすこしの不正もなしに手に入れたものだ、とはっきりいいきれる人がありましたら申し出て下さい」と言ったらみんな口をつぐんでしまい、話のいとぐちが見えるようになった、というはなしである。
この章は、かつての地域共同体では長老が明に暗に調整の役割を持っていたことを記しているので、話の力点も「老人がアドバイスしてくれた」というところにあるのだろうと感じている。長老たちがネゴシエイトしてくれていたから、「暗夜に胸に手をおいて……」という文句が効力を発揮したのでは、という推測もわいてくる。
私が想起したポイントは、「人間三代の間には必ずわるい事をしている」というところなので、ちょっとずれた引用にはなる。
不法滞在を責める意見が日本に多くあったとして、責められているのは生活のために日本に来て、活路を見出したというひとたちとその家族である。
責めているひとは、同じような理由から法を犯したことはないのだろうか。本人は無いと言ったとしても、父親は祖父(もしかしたら曽祖父)の代までみたときにどうだろうか。
例えば太平洋戦争後、食糧管理法の下で配給だけで過ごしたひとはほとんどおらず、ヤミ米を購入して生き抜いた結果、われわれがある。農家であれば、ヤミ米の需要があることをとらえて、ヤミ米を法外な値段で販売した。いずれも法律違反である。
そういうひとが、他の人を「法律違反を犯した、この国から出て行け」と言えるものだろうか。
あの時は仕方がなかった、というだろうか? 今国外強制退去を問われているひとたちも、困窮のなか脱出のみちを探し、その結果日本にたどり着いて今に至るのかもしれない。
そうではなく、本当に犯罪者も混じっているからだめだ、という意見があるからこそ、ならば不法滞在のなかでもランク付けをしルールをつくってはどうか、と提案するものである。