東條英機の視点

 実家で日本経済新聞の一面、北島康介選手の平泳ぎ100メートル競技金メダルの記事の下に「東条元首相、終戦直前の手記見つかる 責任転嫁の言葉も」という記事が出ていた。

 ネット上の反応を読んで、終戦記念日直前のこのタイミングで報じられるというのは何らかの意図あって流すものがあって、それを日本経済新聞社がその意図のまま流したのでは、という意見を複数目にした。ありそうなことで、そうなのかもしれない。

 読みながら気にしたのは「東亜安定と自存自衛を全うすることは大東亜戦争の目的なり、幾多将兵の犠牲国民の戦災犠牲もこの目的が曲がりなりにも達成せられざるにおいては死にきれず」という1945年8月10日のメモの一部。

 東條英機について、官僚として優秀であったといえるが、政治家として、あるいはリーダとしてほぼ無能であったという評を私も踏襲して持っている。昭和天皇を崇敬し守り通りした、という評価もあるようだが東條の昭和天皇に対する態度は狂信者のそれを想起させる。崇拝者の威光を嵩にきて行動していて、大きく見れば道徳を外している点がそうだ。その人物評について大きく掘り下げる意欲は特に私にはない。

 太平洋戦争の大義として語られることのある、欧米からの侵攻に対してアジアとして防御するの意図があったという論点を終戦間際も持っていたわけだが、だから太平洋戦争開戦は日本としてやむを得なかったというような論調にも私は与しない。実際にはフィリピンで、中国で、沖縄で、日本軍は現地の人を守らずむしろ虐待したり盾にしたことが報告されている。日本軍は無能な指揮官を置いていたり、軍として規律を欠いていたりしてとても「アジアを守る」どころではなかった。お題目を完遂するだけの能力を東條英機も他の政治家も(皇族を含めて)持っていなかった。だのに戦争をはじめてしまったのだ。

 では開戦時、「東亜安定と自存自衛」という目的は「本当」だったのだろうか。

 実は単に欧米に代わって略取者になろうとしただけではなかったのだろうか。

 このことは先日読んだ藤永茂さんの『『闇の奥』の奥』から思うことだ。この本はとびきりの良書でより多くのひとに読んでほしい。藤永さんはブログも公開されていて、アンテナに入れいている。

 この本はコンラッドの『闇の奥』、コッポラの映画『地獄の黙示録』を材料に『欧州の心』-「欧州以外の人種は劣っているのでわれわれが啓蒙しなければならない」という傲慢が過去のものでなく現在まで脈々と続いていることを解き明かしている。その中ではナチスドイツによるユダヤ人虐殺をはるかに凌ぐ残虐がコンゴにおいて行われたこと、その後も欧米の介入による政治的な混迷がもたらされさらに死者を増やしたことも描かれている。

『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷

『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷

 アフリカの植民地支配、その後の企業による収奪はアフリカだけでなく、北南アメリカにも、アジアにも向いていた。インドはイギリスの植民地だったし、中国(清)も各国に植民地化されていた。それを高杉晋作などは上海でつぶさに見ていたというし、明治維新においてイギリスやフランスの武器商などが登場することは周知のことだ。日本はその後朝鮮半島を、台湾を植民地化した。およそ余談だが、昨年逝去し今回初盆を迎える私の祖母は植民地としての台湾で教師をしていた経歴を持っている。

 日本は明治維新の時より略取を狙う欧米の姿を見ており、そのやり方を盗もうとしていたのではないかという気がする。植民地や奴隷売買というやり方ははやらなくなり、その土地の資源を略取するやり方に移行して今に至ると思うのだが、ちょっと古いやり方を真似て進んでしまったのが上記植民地化政策であり、太平洋戦争ではないかと感じられる。つまり最初に崇高な意図ありき、ではなかった。東條も、欧米にやられるくらいならオレたちが略取しよう、という傲慢でもって進んだと見られて仕方がないのではないか。東條がどこでその視点を得たのかは分からない。軍部にすでに存在していたのか、スイスやドイツに駐在した時期に吸収したものか。

 この傲慢さは終戦後生き延びた人や組織によって引き継がれ、今も生きている。「欧米の心」が今も続いているように、そのコピーであるところの醜悪な傲慢さが日本の官僚組織に引き継がれているという理解でよろしいのではないかという気がしている。ウォルフレンの『人間を幸福にしない日本というシステム』でも太平洋戦争時の軍部と現在の官僚組織に共通の問題点、「説明責任をとらなくてよいようになっている」ことがあげられることに言及されていた。東條の手記と同じことを、現在の官僚も書いていそうだという観点で読むとまことによい一面記事のような気がした。

人間を幸福にしない日本というシステム

人間を幸福にしない日本というシステム