椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

韓国の合気道について(緒論)

 ここ1ヶ月近く、書いておく必要ありと考えているテーマがある。タイトルの通り、韓国に関する問題である。

好き。』という、はてなアンテナに入れてチェックしているブログで読んで初めて知ったことで、どうもこれは当事者としてはかなり遅い反応になるのだろうが、「韓国が通常日本を起源とする文化、具体的には剣道、柔道、合気道などの武道や、茶道、華道などについて、韓国起源であると主張している」という問題について、である。→「韓国捏造問題|起源がどこでも関係ない?

 特に剣道については、韓国が自国起源を前提にオリンピック競技化を進めている、という話もあるようである。私は剣道については、やや冷淡な目を持っているので(→「剣道にとっては悲惨な日」参照)、剣道のことは実際に携わる方々が動かれればよろしいか、ぐらいに思っている。ただ、剣道が日本を起源にしていることについて、異論はない。

 実は、合気道についても同じ話がある。韓国に「合気道」、発音はパプキドー、という武道があるのは知っていた。実は合気道を始めたころにその存在を知ったのだが、その時は「ハッキドー」という発音だと読んだ記憶がある。典拠は残念ながら、忘れた。ただ、その頃稽古を始めた合気道とは、別のものであるような説明だったと覚えていて、実際そうだと思ってきた。

 どうも、そういう話ではないらしい。同じ起源であり、かつ、韓国が本流だ、というふうに流布されているらしい。

 このことについて、韓国でどのくらい真面目な顔をして語られているのか、ということが充分には分からずにいる。何しろ、ハングルが読みこなせない。参考にしたのは、これらの文章である。本当は『マンガ嫌韓流』などにも載っているのだろうが、未読である。


 私は、合気道の起源について植芝盛平翁先生以外にはない、と考えていて、その立場を微塵も動くつもりはない(大東流合気柔術については、別である。勿論、武田惣角先生無しに翁先生を語れる訳も無く、技について合気柔術を参照しなければならないのは当然)。「合気道」という名称と精神は翁先生以後のものだ。

 実のところ、韓国において、こういう行き過ぎた考えがごく一部のものであり、行き過ぎたものが自ずと正されれは一番いい、と私は思っている。だが、こういう風潮は日本に対してばかりでなく、中国に対しても同様のことがあるような記事も散見される。これは、長い歴史で中国からの侵略、あるいは日本からの侵略(秀吉と日本軍によるもの、あと倭寇)を常に毅然と退け続けた韓国が、自らそれらの国の軍門に下ろうとするような行為だと思う。関係諸国以外の人から見て、これらの行為は尊敬される行為だろうか。

 これらの歴史については調べてみたいと思う。既に多くの仕事があるようで、特に『合気ニュース』やその刊行物はもういちどひっくり返さないといけない、と感じている。今後、切れ切れと、書いて行きたい。

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