椋箚記

主に合気道とまち歩きについて

池上本門寺、呑川など

 昨日、いちにち家でゴロゴロするか、大阪市立図書館に電話して調べ物をするかしていたのだが、これではもったいないと夕方前に自転車でぶらりと外に出た。家族が実家に戻っているいまでないとこういういい加減なまちあるきはなかなかできない。

 南馬込の桜並木通りまで坂を下りて行き、スーパーマーケットのキタムラやパン屋さんの前を通って突き当たりまで行くと、セブンイレブンや郵便局があるところで道が二又に分かれれている。この前はそこを左に行って龍子記念館に言ったのだが、今日は右に言ってみた。佐伯栄養学校という、割と名門であるらしい栄養士さんの学校があり、その横を急な坂が上っている。確か、家探しをしていた時に、この坂をクレアクレイスさんの自動車で下ったがちょっと怖いくらいの傾斜だったことを思い出した。

 その坂をあがると別の蓬莱坂という坂の上にいたり、少し行くと汐見坂というまた別の坂の上に出た。確かこの坂上の交差点のところにある物件を見せてもらったのだった。

 家探しをした時は、2週連続週末に東京に行き、3業者さんに10軒以上見せてもらった。実は、最初の週末で大井町駅にほど近い、三つ又地蔵というところでいったん決めたのだが、実は独身か、子供のいない夫婦か、ゆずっても子供ひとりまで、という条件が大家さんにあったらしく、申し込みを断られてしまった。かくして翌週も東京に出かけたのだが、そこで今の南馬込の部屋に入れたのだった。実は、この物件は最初から注目していたのだが、前の週には空きがなかった。翌週になったらキャンセルが出ていたという、誠に幸運なことになって、住むことができた。もしここが空いていなかったら、おそらく東急池上駅近くの部屋にしていたとおもわれ、かなり車通りの多い街中に住むことになっていた。ここは環七通りからも、池上通りからも、一号線からも、ほどよく離れていて静かでいい。

 そこから池上本門寺まで言ってみた。とんと無知だったが、日蓮上人が入寂されたのがここだそうだ。また、江戸無血開城時の薩摩郡の本陣がここにあったらしく、勝海舟はここにもやってきて西郷南洲と会談を持ったりしていたらしい。屋根の大規模な改修中の本坊前を紅葉坂という坂をのぼって通り、池上の方に下っていった。

 参堂まで下りて行き、呑川(のみかわ)という川に沿ってしばらく歩いた。細い、深い川で都市河川だから流れも澱んでそれほど綺麗ではない。それでも大阪の川のように匂いが上がってくることはないし、鴨が泳いでいるの何羽かみかけたので見た目ほど汚くないかもしれない。途中に説明の看板があって、一時期都市化に伴って著しく汚れたが、浄水場から水を送ったりして綺麗になるよう工夫しているらしい。都市河川とはいっても元々は田畑に灌漑する水だったのであり、飲める位綺麗だった、とも書かれていた。

 昨日はサッカーの東アジア選手権の最終日だったので(なんとまどろっこしい試合だったけど、勝ててよかった)、佐伯栄養学校から桜並木通りに戻って、6時過ぎには家に帰った。
 

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